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ウンベルト・エーコ『プラハの墓地』(東京創元社) [海外小説]

ユダヤ人嫌いの祖父に育てられ、美食を唯一の趣味とする青年シモーネ・シモニーニは、公証人のもとで働くうちに文書偽造の技術を身につけてゆく。やがて各国の情報部とつながりを持ち、政治的な文書にまで手を広げ始めた彼は、後に世界を揺るがす偽書の作成へと踏み出すことに……
イタリア統一、パリ・コミューンの誕生と崩壊、共産主義の萌芽、ドレフュス事件など、十九世紀ヨーロッパ各地で起きた出来事にひそかに関係していた人物が主人公です。彼は架空の人物ですけれどもそれ以外の主な登場人物はみんな実在する、という歴史小説でもあります。
近代ヨーロッパの歴史の裏側に居合わせ、時には栄光をつかみかけ時にはピンチに陥る主人公は、やがて問題となる偽書の作成に至るわけで、陰謀論が山盛りの世界を舞台にしたサスペンス小説として面白いのに加えて、小説としての仕掛けもあってなかなか凝っています。老境に至った主人公が、あいまいな記憶の中から過去を振り返って綴る日記のあいまに、自分ではない(?)何ものかの記述が混じって読者と語り手を困惑させる仕組みが秀逸です。
小説を真に受けて反ユダヤキャンペーンをがんばる主人公も、偽造文書を根拠として政治活動を行う人々も、情報リテラシーが低い昔のお話ならではなんて笑っていられるわけはないんですよね。Twitterやまとめサイトの周辺を見ていても、作中の十九世紀からも本書の出版された2010年からも人間のふるまいはさほど変わっていないので、人間の歴史が続く限りこの小説は現代的な問題を取り上げた名作であり続けるのでしょう。

プラハの墓地 (海外文学セレクション)


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チャイナ・ミエヴィル『オクトーバー 物語ロシア革命』(筑摩書房) [海外小説]

タイトルと真っ赤な表紙で一目瞭然です。1917年10月(ユリウス暦)に至るロシア革命を活写した小説です。
著者は早川書房からSFの翻訳が出ている人なのですが、これは本当にあった出来事をもとにした歴史小説です。わたくしはロシア革命にそんなに詳しくありませんけれども読み物として大変おもしろかったです。だいたいが事実か、事実には及ばないような記述であるのだろうなぁという感想です。
ロシアが舞台とはいえ、ロシアの小説にありがちな「名前の愛称のバラエティが豊かすぎて混乱する」事態は心配しなくても大丈夫です。本名が別にあるレーニンやトロツキーもなじみの名前で統一されていますからね。ただし登場人物はそれを抜きにしてもめまいがするほど大勢いますし、ロシア史に詳しくないとわからないのじゃないかと思われる人も多いです。
ネタバレを気にせず、巻末の人名録で一人一人の立場を確認しながら読むと少し楽になります。とにかくたくさんの人がそれぞれに動いていて、すれ違ったりぶつかったり手を組んだりしながら行き当たりばったりに動いて、いつの間にか大きな流れができて物語になっているんです。1917年の2月から始まり、その時には確かにいたはずの皇帝がいつの間にか見えなくなって、そしてレッド・オクトーバーに至るんですよ。もくじを見ただけでもうどきどきするじゃありませんか。

オクトーバー : 物語ロシア革命 (単行本)


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キャサリン・ダン『異形の愛』(河出書房新社) [海外小説]

いろんな人に触れてほしいのですが紹介のしかたに困る本です。簡単にまとめるとサーカス一家の波瀾万丈の物語なんですけれども、このファミリーの子どもたちがゼイン員、両親の愛で肉体をデザインされて生まれてきたんですよね。
奇想天外ではあるもののファンタジーではない、それどころか非常に現実的で常識にのっとった展開ではありました。現代アメリカのサーカス団においての常識とは何なのか、という問題はさておき。
設定からして大変ですし、ストーリーもぶっちぎれていて一般的な観念では善し悪しの判定を下せません。読む人によっては数ページで投げ出しかねない小説だと思います。間違いありません。
このブログではだいたい他の人に読んでいただきたい本を紹介しているのですが、本書についてはぜひ読んで楽しんで下さいというより、できる限り多くの人に大事故を起こしていただきたい気持ちでこの文章を書いています。事故ったら事故ったで、そこから新しい世界がひらけるかもしれませんしね。

異形の愛


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エトガル・ケレット『突然ノックの音が』(新潮クレスト・ブックス) [海外小説]

あっという間に終わってしまう短篇が38も入っています。そんなに厚い本でもないのに38個入りで、場合によっては見開き二ページで終了です。
裏表紙やかばー見返しの紹介文を読むと軽くてさっぱりしたものがメインのようですが、実はなかなか後味の悪い料理も少なからず含まれています。だまされて下さい。
ときどき出てくるほっこりするいい話も、容赦なく落ち込んで結ばれる話も、だいたい数ページ程度で幕を下ろしてそれっきりになります。こちらがすっきりしてようが納得してなかろうがお構いなしです。
連続して読もうものなら読者は次から次へと放り出されるはめになるわけで、その理不尽さがやけに現実的な気がしてきます。暑い国(テルアビブ)在住の作家の、たぶん実体験ではないであろう奇妙なできごとが、いつの間にか「わかる」とうなずいてしまうお話に変わっています。

突然ノックの音が (新潮クレスト・ブックス)


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イアン・マキューアン『ソーラー』(新潮クレスト・ブックス) [海外小説]

ノーベル賞受賞科学者のマイケル・ビアードは、五人目の妻の浮気に悩まされつつみずからも新しい愛人を物色し、新たな研究に手をつけるでもなく名誉職や講演で生計を立てる日々。たまたま手に入れた他人のアイデアを拝借し、太陽光発電の新しいアイデアで大もうけをたくらんで……
妻の愛人は許せないが強く抗議もできず、一方で自分は常に新しい女性を求め、楽をして金を儲けることには余念がない、しかもノーベル賞受賞者。大変しょうもなくて読んでいて呆れるばかりの主人公がビアードなのですが、彼を追いかけ回して時に持ち上げ時に叩くマスコミ、彼と関わる妻の愛人たちや太陽光発電事業の関係者、大衆の環境問題への関心など、現代のさまざまなしょうもなさが読めば読むほど同時に浮かび上がってくるしくみになっています。
主人公があまりにろくでもないやつで、それなりにひどい目にも遭うので読者は腹を立てたり苦笑したり指を指して笑ったりして楽しめるのですが、そうそう他人事みたいに楽しんでいられない小説でもあるのがポイントです。この本を笑って楽しめる人は、わたくしも含めてこの本の中で笑いものにされているものと近いところにいるんですよ。おそらく。

ソーラー (新潮クレスト・ブックス)


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トーン・テレヘン『おじいさんに聞いた話』(新潮クレスト・ブックス) [海外小説]

オランダ生まれの著者が幼いころ、かつてロシアで暮らしていた祖父が聞かせてくれたお話を元にした掌編小説集です。
と見せかけて、ほんとうにおじいさんに聞いた話ではなく著者の創作であるそうで、そこがまた良いです。『ビリティスの歌』の系譜です。著者の祖父も実はロシア人ではなくオランダからサンクトペテルブルクに移住した一族だそうで、虚実のあいまを縫いながら外側から見た「ロシア的なもの」が浮き彫りにされていることになります。
作品はどれも短くてひどいお話です。不幸な人は不幸なまま、特に救われるようすもなく終わって天国にすら行けません。終わりがなく、今でも事態が好転しないまま続いているお話もあります。それでいて読後感が意外とさっぱりしているのは、全編にただようユーモアのおかげですね。
皇帝や魔女やクマや悪魔といった、いかにもロシアの昔話にいそうなキャラクターたちも登場し、世界の他のどこにもないロシアのお話は続いてゆきます。

おじいさんに聞いた話 (新潮クレスト・ブックス)

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ブライアン・エヴンソン『遁走状態』(新潮クレスト・ブックス) [海外小説]

E・A・ポーとも比較される現代アメリカ作家の短篇集です。もうひとつ同じクレスト・ブックスから出ている『
ウインドアイ
』とくらべると、こちらのほうがより現実に近い作品が多かったような印象です。日常に近くて感覚的に理解しやすい気はするんですけれども、共感できるぶんだけ読者のしんどさも上がるのでわかりやすけりゃいいってものでもありません。最終的に日常に戻る(ような)話もあるですがすっきりはしませんし、理不尽な暴力や不条理なルールに振り回されるのは主人公も読者もきついもんですよ。出版社のワンマン社長に振り回される社員の話「九十に九十」が特におすすめです。(いじわるな意味で)
ただこの情け容赦のなさが、まさに小説/文学だからこそ可能な世界だとも思うわけです。映像化されたら正視できない世界で、いやな話やへんな話、後味が悪い話がお好きな方にはぜひ手に取っていただきたいんですね。先ほども申し上げましたとおり、ほんとうに爽快感がない、それでいて見事な工芸品のような短篇世界ですから。

遁走状態 (新潮クレスト・ブックス)


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ジュリアン・バーンズ『終わりの感覚』(新潮クレスト・ブックス) [海外小説]

穏やかな老後の暮らしを楽しむ男のもとへ、弁護士を通じて届けられた一冊の日記と500ポンドの遺産。日記を綴ったのは高校時代の親友で、ケンブリッジ在学中に自殺したエイドリアン。託されていたのはかつて主人公の恋人であり、後に親友エイドリアンの恋人になった女性ベロニカの母だった。
前半は引退して平和な生活を送る主人公による学校時代の回想です。三人の仲間たち、特にあとから加わったエイドリアンの思い出、ベロニカとの出会いと交際と別れやいっしょに彼女の家で過ごした日のこと、エイドリアンの死、その後別の女性と出会ってからの色々あった人生……
始まってからしばらくは、それなりに幸せも不幸もあった過去を現在から振り返っているのですが、ある時点からトーンが一変します。どこまでも主人公の一人称による語りになっているのがポイントで、読者としては何ごとも彼の記憶と目を通じて見ることしかできないわけなんですけれども、老境にさしかかった現在に戻ってきたとき、主人公の見たものやおぼえているものがいかに当てにならないかをいっしょに体験することになるんですね。自分とはまったく違う境遇の人々のお話を読みながら、「わかっていない」主人公と同じくらい何もわかっていない読者の気持ちになっていました。

終わりの感覚 (新潮クレスト・ブックス)


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ブライアン・エヴンソン『ウインドアイ』(新潮クレスト・ブックス) [海外小説]

全二十五篇入った猛烈に後味の悪い短篇集です。ほんとうにもうびっくりするくらい後味が悪くて救いがないので、読んでみてびっくりして下さい。
冒頭の表題作からして、子ども時代に突然いなくなった妹を回想する男のお話なんですけれども、いったい何があったのかは説明されないし説明のしようもありません。確かにいたはずの妹がいなくなった主人公の人生はそのまま進んでいって、読者は最後に放り出されるだけです。
SFのようだったり児童文学のようだったりおとぎ話のようだったりと語り口は多彩で、それでいてどれも居心地の悪い宙ぶらりんの結末へ持って行かれます。
主人公たちがどこで何をやっているのか判然としないがとにかく絶望的な「スレイデン・スーツ」、展開だけ見るとメルヒェンの定番みたいな「ダップルグリム」がわたくしは好きなのですが、気軽におすすめできるストーリーではないです。ただですね、最先端の英米文学を読んだ満足感はありました。

ウインドアイ (新潮クレスト・ブックス)


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エンリーケ・ビラ=マタス『パリに終わりはこない』(河出書房新社) [海外小説]

フロリダで開催されるヘミングウェイそっくりさんコンテストに参加し、まったく似ていないという理由で最下位になった「わたし」が聴衆に向けて行う講演、というスタイルの自伝的小説です。作者自身のパリでの文学修業時代が題材のようです。
といってもあまりにも予想外のエピソードにあふれていて、どこまでフィクションでどこまで本当なのかわからないんですよね。いきなり「家主のマルグリット・デュラス」なんて出てくるんですから。同じ名前の一般人でもなんでもなく、作家のマルグリット・デュラスです。
主人公は作家志望ですからもちろん作家についての話題にも事欠かず、ボルヘスに影響を受けるくだりやデュラスに箇条書きのアドバイスをもらうくだりなんてとても本当らしいんですけれども、なんとなく眉につばをつけたくなります。
事実かどうかにかかわらず、作家や映画監督や俳優の名前がぽんぽん飛び出す、20世紀パリの芸術家たちの世界が覗ける楽しさはあります。知っている名前が出てくるたびに吹き出すタイプの本ですし、それと同時に創作と向き合う青年の苦悩の日々の記録でもあります。みごとなタイトルは決して前向きな意味で使われてるわけではないんですよ。

パリに終わりはこない


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