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ミック・ジャクソン『10の奇妙な話』(東京創元社) [海外小説]

ふとしたことから道を踏み外してゆくふつうの人々を描いた短篇が十個入った作品集です。いえ言うほどふつうではないかもしれません。ちょっと変わった人たちが、確実に道を踏み外してどこかへ行ってしまったり、行ってしまわなかったりする作品集です。すべての作品に味わい深い挿し絵がついていて、字の多い本なのに絵本のようなおもむきがあります。
冒頭の「ピアース姉妹」がわりとぎょっとする展開なのでびっくりするのですが、心温まる結末を迎えたり平穏な日常を取り戻したるするお話も入っています。少なくともわたくしはそういう感想を持ちました(他の方のご感想は保証できません)。
表紙のイラストにもうにじみ出ているようなぴりっとした毒と、それによりそうユーモアがよく効いた短篇集で、同じ作者の『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』が面白かった方には間違いなく楽しい一冊です。どれもそんなに長くないのでさくさく読めて、さくさく変な気分になれますよ。

10の奇妙な話


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ザカリーヤー・ターミル『酸っぱいブドウ/はりねずみ』(白水社) [海外小説]

シリア出身の作家による、短篇集と連作集の二作が収録された作品集です。それぞれにつながりはなく、雰囲気はだいぶ違うのでどちらからでも読めます。
「酸っぱいブドウ」は全部で五十九もの短いお話が入っていて、いずれもショートショートと呼んでもよさそうな長さです。場合によっては一ページもしないうちに終わってしまいますからね。
タイトルからしてあまり楽しい内容ではなさそうだと思っていただけそうですけれども、じっさいにどこを切っても不条理で後味が悪い話が続々と出てきます。登場人物たちが理不尽な災難に見舞われる短篇が、ほんとうに五十点以上出てくるんですよ。
特筆すべきはこれが超自然的な何かではなく同じ人間によるものだということで、突然の見知らぬ誰かの悪意であったり、不可思議な力のように描かれる(ここだけ見るとファンタジーみたいな、大変わかりやすい寓意を伴った)体制側の何ものかであったりして、とにかく主人公がひどい目に遭います。たまにはそんなにひどくない話もあるよ、というのはあんまり慰めになりませんね。短いからあっという間に終わってしまうのですが、読み進めても読み進めてもシニカルで奇妙で理不尽な話が続きます。
「はりねずみ」はがらりと雰囲気が変わり、シリアに暮らす少年の目を通した日常が描かれています。大人から見るとよくわからない子どもの理屈が楽しいのですが、気楽に読んでいてもそこここに現代シリアの不穏な空気がにじみ出しています。

酸っぱいブドウ/はりねずみ (エクス・リブリス)


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フローベール『三つの物語』(光文社古典新訳文庫) [海外小説]

『ボヴァリー夫人』『感情教育』など、もっぱら長篇小説で名高いフローベールの短編集です。タイトルのとおり三つ入って文庫本で厚さ1センチ程度ですよ。しかも解説がなかなかぶ厚いので、だいたい短篇三つ+解説一つで1センチです。これならさいごまで読めます。しかも執筆当時のフランス社会に関する知識が(あまり)なくても問題なく楽しめるんです。
それなりに波乱はあるけれども語り継がれるほど非凡ではなかったある召使いの生涯を描く「素朴なひと」、聖者伝説に材をとった「聖ジュリアン伝」、オスカー・ワイルドでもおなじみサロメのエピソードを少し変わった角度から描く「へロディアス」の三本立てです。
ひとつひとつ味わいが違うので、全然別の本をを三冊読んだような気持ちになれて大変お得です。ひとつ読み終えて次のに取りかかって、がらりと空気が変わっていてびっくりするのを二回やりましたからね。全体的にどうということもない無名の人物の生涯も、出生とともに予言されたとおりの数奇な運命をたどる子どもの物語も、聖書の中でわずかに触れられるできごとから膨らませたどたばたも、みんな違ってみんな面白いので、読み終えてからそのことにびっくりしていただきたい一冊です。そんなの興味ないし……と思っていた作品まで全部面白かったんですよ。
ぶ厚い解説では、三つの短篇を通しての読み方も提示されています。翻訳家さんの視点が興味深いので、作品本体のみならずこちらも必読ですよ。

三つの物語 (光文社古典新訳文庫)


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E・H・ヴィシャック『メドゥーサ』(アトリエサード) [幻想文学]

海のうえで生まれ育ち、両親を失い、寄宿学校からも脱走した少年は、ふとした縁から船主の男性と知り合い、彼とともに海へ旅立つことに。順風満帆の航海はしかし、しだいに不穏な様相を帯び始め……
主人公の周囲をうろつく正体不明の怪物ですとか、海賊に捕らわれた息子を探す船主とか、なぜか彼と折り合いが良くない船長とか、海賊船にただひとり残された謎の人物とか、いろいろ出てくる海洋冒険小説みたいなお話です。身寄りのない少年が船に乗せてもらう序盤は『宝島』や19世紀の小説っぽいんですけれども、中盤を過ぎたあたりからどんどん異様になってきて、最終的にはなんだかよくわからないうちに終わります。
海洋小説のようでもあり怪奇小説のようでもあり、海と船旅の描写もあり、哲学的な話も出てきてものすごく面白かったんですけれども、人にすすめたら良識を疑われるんじゃないかと思いますね。あまりにも謎を投げっぱなしにしていて、いやでもこれはちゃんと読んだら全部解決しているのではないかという気もして、ほんとうにもうびっくりするようなへんな小説です。荒削りとかいうのではなくてただただヘンテコです。
巻末には著者による評論「恐怖小説の意義」があわせて収録されていて、ミルトンからポー、ド・クインシーにコンラッドまでいろんな作品が具体例としてあげられています。こちらも興味深いのでぜひいっしょにお楽しみ下さい。ものすごくわたくしと趣味が合う感じだったので、個人的に大変面白かったのが腑に落ちました。
わたくしが今まで読んだなかで近いと思うのは「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」ですかね。展開は全然似てないんですけれども、海に出ているのにふつうの海洋小説じゃない部分が強烈で、謎が放り出されて終わるところは似ていると思うんですよ。他の方の意見が聞きたいのでぜひ皆さん両方読んで下さい。『メドゥーサ』のほうはちゃんと完結しているし、そんなに長くないので読みやすいです。

メドゥーサ (ナイトランド叢書3-5)

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ラヴィ・ティドハー『黒き微睡みの囚人』(竹書房文庫) [ミステリ]

かつてドイツで権力を振るいながらも失脚し、現在はイギリスで私立探偵として生計を立てるウルフのもとに、ある日ユダヤ人女性から失踪した妹探しの依頼が持ち込まれる。不本意ながら引き受けたウルフは、イギリス社会に入り込んだかつての部下やユダヤ人たちと接触するうちに、やがてイギリスの暗部へと足を踏み入れることに。一方、時間と場所を隔てた別の世界で、強制収容所の囚人ショーマーは夢を見ていた……
ロンドンでくすぶってるユダヤ人嫌いのドイツ人探偵の正体は、もちろん皆さんの予想のとおりヒトラーです。その他にも歴史上見覚えのある名前が、巻頭の登場人物リストからもうたくさん出てきます。ウルフ一派が一掃されて世界が平和になったかというとそんなことは全然なく、ロンドンのきな臭い雰囲気はページをめくるごとに高まってゆきますし、主人公の近辺にも不穏な影が迫ります。
というストーリーが、大変低俗な犯罪小説のスタイルで展開する一方で、まさにそんな小説を執筆していた作家ショーマーがアウシュヴィッツで夢を見ています。このものすごく毒々しくてびっくりする設定の中に当時の有名人がさらっと顔を出す楽しみもありますし、別の歴史をたどっている(はずの)世界が今後どうなってゆくのかの興味もあります。巻末にはじっさいの歴史にもとづいた「歴史注釈」と、細かなネタに関する「巻末注釈」もあり、これらも含めて一つの作品として読みたい小説になっていました。

黒き微睡みの囚人 (竹書房文庫)


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抽象世界(~8/4) [美術鑑賞]

国立国際美術館の「抽象世界 Abstraction:Aspets of Contemporary Art」に行ってきました。
現代美術もいろいろありますけれども、今回は抽象美術にスポットを当てた展示です。ほんとうにほんとうに抽象的な、すぐに意味がわかりそうではないものばかりで見応えがあります。同じタイミングで開催されているジャコメッティ特集展示が具象美術に見えるくらいの抽象っぷりです。現代美術の鑑賞って冒険ですよね。
カンバス一面を油彩で塗りつぶしたりミクストメディアでようわからん物体を作ったりされていると、ついどんなに均一に塗られているかとか、色の組み合わせがお見事だとか合ってないところがいいだとか、細かいところで楽しんでしまいがちですよね。(主にわたくしがそうなのでそういう前提で話を進めます)
ところがたまに突然、何の前触れもなく「わかる……」と思える瞬間が来ることがあります。作者によるわけでもテーマによるわけでもなく、そもそも自分の理解が作者の意図と一致しているかもその場ではわからないんですけれども、何かを自分なりに(一方的であれ)受け取るというのは気持ちがいいものです。
このとおり、先方や美術館の都合をまるっきり気にしない、自分の感じたこと以外の何も当てにしない鑑賞というのもおもしろいものです。趣味でやっていることですからね。
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董啓章『地図集』(河出書房新社) [海外小説]

香港出身の作家さんの、日本オリジナル作品集です。日本の作家、中島京子さんの熱心な推薦により刊行が実現したとのことで、皆さん中島さんに感謝しましょう。わたくしも今ものすごく感謝しています。
はじめて触れる日本の読者向けに、とっつきやすいと思われる順番に作品が配置されているので、そのまま前から順番に読んでゆくのがよさそうです。と言っても、冒頭の「少年神農」は中国神話の自由な語り直しがいきなり現代に接続する幻想とも妄想ともつかないお話ですし(個人的にはこないだ魯迅「故事新編」を読んでいたので命拾いしました)、やっぱりびっくりされるかもしれません。
ぶっちぎりでヘンテコで楽しかったのは表題作「地図集」で、わたくしが一番注目していたのもこちらです。未来の研究者たちが香港の古地図を読み解こうとするスタイルの連作で、目次を見ると「理論篇」「都市篇」「街路篇」「記号篇」なんて文字が並んで全然小説らしくありません。かなり固めのガイドブックか、まじめな社会科の本みたような雰囲気ですが、書いてあることは大方でたらめなので安心して下さい。
「地図集」が刊行されたのは1997年、香港返還と重なるタイミングで書かれているのだから、現実の香港と関係ないことはないと思います。ただそれを抜きにしても、実在するようでしていない街の地図を分析する小説なんておもしろくないわけがないですよね。

地図集


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R・オースティン・フリーマン『キャッツ・アイ』(ちくま文庫) [ミステリ]

弁護士のアンスティはある晩、不審な男ともみ合う女性と遭遇する。男の追跡に失敗し、女性の救護のために駆け込んだ屋敷では主人が何ものかに殺害されており……
こんなに本格ミステリみたような導入で、実際のところ殺人事件の謎解きも大変本格ミステリなんですけれども、ストーリーにはそれ以外の要素がどんどん入ってくる楽しい探偵小説です。
具体的に何が入るかというと、裏表紙のあらすじにも記載のある冒険小説だったり突然の歴史小説だったりします。殺人事件が起きて警察が頼りにならなくて名探偵が登場して解決する、というがっちりした流れではない小説と考えれば、ちょっと前の時代(※二十世紀なかばあたりまでを意識した発言)にはそんな珍しくありませんし、大騒ぎすることもなくただただおもしろい本というだけのお話でしたね。ホームズの長篇だってそんな感じですし。
とはいえ表紙はシンプルでかっこいいので、本格ミステリだと思って読み始めた人にびっくりしていただきたい気持ちもあります。上にも書いたとおり、殺人事件まわりはしっかり名探偵が頭を使う仕事をしていますので。

キャッツ・アイ (ちくま文庫)


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ヨルク・シュマイサー 終わりなき旅(~6/2) [美術鑑賞]

奈良県立美術館の「ヨルク・シュマイサー 終わりなき旅」に行ってきました。全然知らない人だったんですけれども、チラシを見て好きな絵だなぁと思ったので行くしかありませんでした。好きな作家が増えるというのはそういうものです。
ドイツに生まれ、世界各地を旅しながら作品を残して来た版画家の人で、日本をテーマにしたものも少なからずあります。ことに奈良を取り上げたものが多く出されていて、それにくわえて晩年に拠点としたオーストラリアにまつわるものも
印象的です。ここらへんは奈良市とキャンベラが姉妹都市提携をしているおかげもあってか充実していました。
版画を見るとき、ついエッチングとかエングレーヴィングとか技法に注目してしまう悪癖があるですが、今回は作者の意向をくんで、そのあたりの説明を最低限にして作品と向き合えることを重視した展示になっていたのがよろしかったです。自然とか都市とか、目に見えるものを写実的に描いているように見えるんですけれども、それだってみんな作家がそのとき見たものを写しているんですよね。人物像や海岸で拾ったかけらを描いた作品を前にすると、より写実にとどまらない部分を楽しめる気がしました。

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ディーノ・ブッツァーティ『現代の地獄への旅』(東宣出版) [海外小説]

魔法にかかった男』に続くブッツァーティの作品集第二弾です。
今回は都会での一幕を描いた短篇が多く、現代の日本人にもより身近で、わがことのように想像できてしまう嫌さがちょこちょこあるのが魅力的です。二十世紀イタリアの幻想作家だと思って、自分とは関係ないから楽しめるひどい話だと思っていると不意打ちを食らいますよ。この点につきましては、不意打ちで落とし穴に飛び込まされるのが大好きなわたくしが保証します。短くてすぐ読み終えられる作品ばかりなので、ざっくりと心にダメージを負っていただきたいものです。
表題作となっている「現代の地獄への旅」は、ジャーナリストのブッツァーティさんがミラノの地下鉄の工事現場で見つかった扉をくぐり、地獄へ取材に行く連作です。全体では中篇くらいの長さになりますけれども、短くて毒々しいのが八連発なので気軽に読めます。イタリアで地獄と聞くとどうしてもダンテのあれを思い出してしまいますが、ミラノの地下から行けるこちらの地獄はあまりわれわれの世界と変わりません。芥川龍之介「河童」を連想させるものを感じましたが、あいにくなことにブッツァーティの地獄は精神病院の患者のトークではなく、プロのライターによる取材なんですよね。

現代の地獄への旅 (ブッツァーティ短篇集)


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