チュツオーラ『やし酒飲み』 [幻想文学]
こちらはアフリカ出身の作家による幻想的な冒険(?)小説です。カップリングの『アフリカの日々』とは全然タイプが違うので、切り替えが大変です。まず『アフリカの日々』で印象深かった果てしなく広がる大地の代わりに、ほとんど森の中で過ごすところからしてがらりと変わりますね。
あらすじを説明すると、やし酒が大好きな男が、死んでしまった自分専属のやし酒造りにもう一度会うために、はるばる死者の町まで旅をする話です。目的地までの道中、平気で数ヶ月~数年くらいの道草は食っています。
語り始めの部分では全く触れられませんが、途中で主人公が思い出したところによると彼は"この世のことはなんでもできる、神々の〈父〉"なので、どんな怪物に出会っても窮地に追い込まれても、不思議な力を駆使してピンチを切り抜けます。一寸法師や長靴を履いた猫とは違って、知恵やとんちではなく力業で対応し続けるのが新鮮ですね、こんな昔話の主人公はあんまり見かけませんよ。
旅の間に出会う化け物たちも奇想天外で、完全無欠の人間の姿に偽装する頭蓋骨だけの紳士とか、この世の全てを食い尽くしかねない「飢えた生物」など…この生物の正体については、「戦いを終えた時は夜明け前でまだ暗かったので、詳しく描写できない」と語られ、どういう存在なのかいまいち判然としません。化け物の相手をしている主人公も相当無茶で、他では見たことのないような展開で最初から最後までページが埋まっています。
アフリカのあまりにも原始的でステレオタイプな面を強調した文学だというので、発表当時は批判も多かった小説ですが、残念ながらすごく面白い作品です。ネガティブな偏見もポジティブな固定観念も全部外して、まあ一度読んでみて下さい。

あらすじを説明すると、やし酒が大好きな男が、死んでしまった自分専属のやし酒造りにもう一度会うために、はるばる死者の町まで旅をする話です。目的地までの道中、平気で数ヶ月~数年くらいの道草は食っています。
語り始めの部分では全く触れられませんが、途中で主人公が思い出したところによると彼は"この世のことはなんでもできる、神々の〈父〉"なので、どんな怪物に出会っても窮地に追い込まれても、不思議な力を駆使してピンチを切り抜けます。一寸法師や長靴を履いた猫とは違って、知恵やとんちではなく力業で対応し続けるのが新鮮ですね、こんな昔話の主人公はあんまり見かけませんよ。
旅の間に出会う化け物たちも奇想天外で、完全無欠の人間の姿に偽装する頭蓋骨だけの紳士とか、この世の全てを食い尽くしかねない「飢えた生物」など…この生物の正体については、「戦いを終えた時は夜明け前でまだ暗かったので、詳しく描写できない」と語られ、どういう存在なのかいまいち判然としません。化け物の相手をしている主人公も相当無茶で、他では見たことのないような展開で最初から最後までページが埋まっています。
アフリカのあまりにも原始的でステレオタイプな面を強調した文学だというので、発表当時は批判も多かった小説ですが、残念ながらすごく面白い作品です。ネガティブな偏見もポジティブな固定観念も全部外して、まあ一度読んでみて下さい。

ディネセン『アフリカの日々』 [海外小説]
イサク・ディネセンは「この一冊を読んでしまったらもう新作はないのでもったいなくて読めない」という理由で、いつまでも未読のまま置いておきたくなるくらいの好きな作家です。正体はカレン・ブリクセンというデンマークの貴族だった女性で、本書は彼女がアフリカでコーヒー農園を経営していた日々の回想記です。
ヨーロッパの女性がアフリカで大地主になる時、いかにも起こりそうなトラブルは大体経験されているのに加えて、作中ではまったく触れられない部分の悩みごとがたくさんあったことが、彼女の伝記的な研究から明らかになっています。にもかかわらず暗さや絶望感の中に長くとどまることのない、率直な話しぶりが気持ち良く、楽しい読書体験を提供してくれます。「世界でいちばん熱い夏」は、本書からインスピレーションを受けたんじゃないかとちょっと思いました。
前向きだとか、どんなときも希望を捨てないというのともちょっと違った強さ、何が来ても自分で向かい合う以外にない土地で暮らす著者の、腹の据わり方が大したものです。結局彼女は農園経営に失敗し、財産を失ってヨーロッパに戻ることになりますが、破滅の訪れたあと、一連の出来事を貫く原則を探しに出た時のエピソードが強烈な印象を残します。アフリカ暮らしの最後に見つけた答えを持って、デンマークへの帰途につく彼女が見る平原と丘陵の景色が、終結部のごく短くシンプルな締めくくりになっています。
今回読んだ世界文学全集版は2作品が収録されているんですけれども、あまりにも傾向が違うので記事は二つに分けることにしました。もう一つの『やし酒飲み』は次回をお待ち下さい。

ヨーロッパの女性がアフリカで大地主になる時、いかにも起こりそうなトラブルは大体経験されているのに加えて、作中ではまったく触れられない部分の悩みごとがたくさんあったことが、彼女の伝記的な研究から明らかになっています。にもかかわらず暗さや絶望感の中に長くとどまることのない、率直な話しぶりが気持ち良く、楽しい読書体験を提供してくれます。「世界でいちばん熱い夏」は、本書からインスピレーションを受けたんじゃないかとちょっと思いました。
前向きだとか、どんなときも希望を捨てないというのともちょっと違った強さ、何が来ても自分で向かい合う以外にない土地で暮らす著者の、腹の据わり方が大したものです。結局彼女は農園経営に失敗し、財産を失ってヨーロッパに戻ることになりますが、破滅の訪れたあと、一連の出来事を貫く原則を探しに出た時のエピソードが強烈な印象を残します。アフリカ暮らしの最後に見つけた答えを持って、デンマークへの帰途につく彼女が見る平原と丘陵の景色が、終結部のごく短くシンプルな締めくくりになっています。
今回読んだ世界文学全集版は2作品が収録されているんですけれども、あまりにも傾向が違うので記事は二つに分けることにしました。もう一つの『やし酒飲み』は次回をお待ち下さい。

東野圭吾『探偵ガリレオ』(文春文庫) [ミステリ]
警視庁捜査一課の草薙が事件の捜査に行き詰まった時、必ずある友人のもとを訪れる。不可解な現場の状況に、帝都大学物理学助教授の湯川学が物理学者の視点から解決をもたらす連作短篇集。
変人の名探偵と常識的なワトソン役というおなじみのコンビだと思うですが、どうも理系の研究室にはもれなく変な人がいるイメージがあり、湯川は(あの大学の中だと)とりたてて奇天烈な人物ではないような気もします。作中のトリックが実際に可能なのかどうかと同じくらい、ああいう大学の先生は実際にいるのかどうか、理系学部の人に聞いてみたいところです。
それにしても、探偵の設定とか印象を一切抜きにして、こんなに科学的なミステリはありませんよ。草薙は大変話のわかる人で、理科的に意味のわからないトリックにぶち当たって困った時だけ湯川助教授の研究室へやってきます。おかげで読者は、毎回科学にまつわる謎解きに集中していられます。事件の裏に隠された動機とか感情のもつれなどについては、湯川以外がさらっと触れるだけなのも良いです。
謎解きの部分があまりにも楽しかったので、私はこの本はミステリだということは忘れて、理科の面白さを伝える副読本だと考えることにしました。子どもたちにでんじろう先生がいるなら、大人には湯川先生が必要ですよ。

変人の名探偵と常識的なワトソン役というおなじみのコンビだと思うですが、どうも理系の研究室にはもれなく変な人がいるイメージがあり、湯川は(あの大学の中だと)とりたてて奇天烈な人物ではないような気もします。作中のトリックが実際に可能なのかどうかと同じくらい、ああいう大学の先生は実際にいるのかどうか、理系学部の人に聞いてみたいところです。
それにしても、探偵の設定とか印象を一切抜きにして、こんなに科学的なミステリはありませんよ。草薙は大変話のわかる人で、理科的に意味のわからないトリックにぶち当たって困った時だけ湯川助教授の研究室へやってきます。おかげで読者は、毎回科学にまつわる謎解きに集中していられます。事件の裏に隠された動機とか感情のもつれなどについては、湯川以外がさらっと触れるだけなのも良いです。
謎解きの部分があまりにも楽しかったので、私はこの本はミステリだということは忘れて、理科の面白さを伝える副読本だと考えることにしました。子どもたちにでんじろう先生がいるなら、大人には湯川先生が必要ですよ。

宮部みゆき『火車』(新潮文庫) [ミステリ]
休職中の本間俊介は親戚の男性の頼みで、突然姿を消した彼の婚約者を捜すことになった。関根彰子と名乗る女性の過去を調査するうちに、徹底的に自分の痕跡を消して生きてきたある人物が浮かび上がり…
宮部みゆきさんという人は、名前の響きが優しいですよね、舌触りがすばらしくなめらかで。対して作品はそんなに口当たりが良いばかりでもなく、苦みや辛さをしっかり配分されているのが良いです。
本書もやっぱり朗らかなようでいて、暗く重たいテーマの話でした。地獄のような真相が明らかになる一方で、本間さんと息子の平凡な、たまに事件も起こる日常が並行して語られるのが効果を増しています。日常と地続きの、ぽっかり空いた奈落のような道が、おり不気味な存在感をもって迫ってきますから。
主人公が謎の女性の足取りを追って真相に近付いてゆくというのは、日本のミステリでは割となじみ深い手法だと思いますが、この本では犯人を無事捕まえて終わりになる気が全くしませんでした。
正体を隠して流離う女性の心情に寄り添いながら彼女を捜す本間さんの目線が、物語の進行と共に胸に染みます。単にすぐれたミステリでしたよ、とは言えない苦しさや悲しさ、少しの救いを含んだ面白さがありました。

宮部みゆきさんという人は、名前の響きが優しいですよね、舌触りがすばらしくなめらかで。対して作品はそんなに口当たりが良いばかりでもなく、苦みや辛さをしっかり配分されているのが良いです。
本書もやっぱり朗らかなようでいて、暗く重たいテーマの話でした。地獄のような真相が明らかになる一方で、本間さんと息子の平凡な、たまに事件も起こる日常が並行して語られるのが効果を増しています。日常と地続きの、ぽっかり空いた奈落のような道が、おり不気味な存在感をもって迫ってきますから。
主人公が謎の女性の足取りを追って真相に近付いてゆくというのは、日本のミステリでは割となじみ深い手法だと思いますが、この本では犯人を無事捕まえて終わりになる気が全くしませんでした。
正体を隠して流離う女性の心情に寄り添いながら彼女を捜す本間さんの目線が、物語の進行と共に胸に染みます。単にすぐれたミステリでしたよ、とは言えない苦しさや悲しさ、少しの救いを含んだ面白さがありました。

佐佐木信綱校訂『新訂 新古今和歌集』(岩波文庫) [詩歌・戯曲]
古代~中世日本の歌集で万葉・古今・新古今のうちどれが好きかと言われたら、迷わず新古今を推します。技巧に溺れすぎとか力強さがないとか言われるむきはありますが、わたくしとしては「掛詞が面白い」この一点だけで楽しくて仕方がないので、江戸時代以降の学者の皆さんが何を言っていようが新古今派でございます。はい。中でも定家が好きで好きで…という話は、以前にも何度かさせていただいています。
歌をひとつずつ見ていく前に、目次から既に中世日本の価値観が表れているのが興味深いですね。季節の歌は秋>春>冬>夏の順にページ数が多いとか、恋歌だけ5巻もあるですとか。実際にページを開いてみると、恋歌の巻にありながら直接的に恋愛について触れていない歌の多いことにも驚きました。ページ上の見出しには確かに「恋歌 一」とあるにも関わらず、現代の目でパッと見ると、ただの風景について喋っているような調子の歌が。これは別に、昔の日本だけに限った趣味ではないと思うんですけれども、見た人があれこれ考えて解釈して、自分の思い出も投影して楽しめるくらい、幅のある芸術というのが好きなんですね。
技巧の話で言いますと、特に地名を絡めた掛詞が大好きです。悲しい歌でも、「待つ」と来ればまず「松」や「待乳山」に引っかけて来るので、これは実は余裕があるんじゃないのか、あるいは苦しさを手垢の付いた定型文に押し込めることで耐えようとしているのか…と、あれこれ深読みしてしまいます。ですけれども、当時の歌の名手は代作することも普通だったようなので、全部が全部作者の実体験に基づいた歌だと思って読むのは、ちょっと違っているんでしょうね。
あまり新古今集とは関係ない話ですが、掛詞が大好きな私は、最近西国三十三所御詠歌が気になっています。三十三カ所分、地名をきっちり詠み込んで、信仰に絡めた歌に仕上げるセンスに感動しました。

歌をひとつずつ見ていく前に、目次から既に中世日本の価値観が表れているのが興味深いですね。季節の歌は秋>春>冬>夏の順にページ数が多いとか、恋歌だけ5巻もあるですとか。実際にページを開いてみると、恋歌の巻にありながら直接的に恋愛について触れていない歌の多いことにも驚きました。ページ上の見出しには確かに「恋歌 一」とあるにも関わらず、現代の目でパッと見ると、ただの風景について喋っているような調子の歌が。これは別に、昔の日本だけに限った趣味ではないと思うんですけれども、見た人があれこれ考えて解釈して、自分の思い出も投影して楽しめるくらい、幅のある芸術というのが好きなんですね。
技巧の話で言いますと、特に地名を絡めた掛詞が大好きです。悲しい歌でも、「待つ」と来ればまず「松」や「待乳山」に引っかけて来るので、これは実は余裕があるんじゃないのか、あるいは苦しさを手垢の付いた定型文に押し込めることで耐えようとしているのか…と、あれこれ深読みしてしまいます。ですけれども、当時の歌の名手は代作することも普通だったようなので、全部が全部作者の実体験に基づいた歌だと思って読むのは、ちょっと違っているんでしょうね。
あまり新古今集とは関係ない話ですが、掛詞が大好きな私は、最近西国三十三所御詠歌が気になっています。三十三カ所分、地名をきっちり詠み込んで、信仰に絡めた歌に仕上げるセンスに感動しました。

山田風太郎『修羅維新牢』(ちくま文庫) [山田風太郎]
明治元年。官軍に明け渡された江戸で、薩摩兵が次々に惨殺される事件が発生する。これに激怒した薩摩軍の中村半次郎は、下手人が名乗り出るまでの間、無作為に捕らえた10人の旗本を一人ずつ処刑してゆくことを宣言する。
こうして理不尽に捕らえられた10人の旗本の、それまでの人生と薩摩軍に掴まる直前までの敬意を語る連作が、本書のメインになります。間違っても旗本たちを暴君薩摩の手から救出したり、正義感あふれる第三者が真犯人を捜す流れにはなりませんので、ご承知置き下さい。
完全なとばっちりで捕まった旗本たちの中には、主従や友人、怨敵同士など、複雑な人間関係で結ばれた者が多数います。さらに偶然ながら、本当に官軍殺傷事件に関わった人物も実は捕らえられた旗本たちの中に…という、全体の十分の一くらいの分量でしかないクライマックスになる章で、ようやく10人が揃ってからが圧巻です。
薩摩の中村半次郎の登場時の印象の良さや、その後彼がどうなったかなどを考えると、この人がむちゃくちゃをやったから全部悪い、とはとても思えません。この時代には、たまたま官軍という形で現れた激烈な運命としか呼びようのないものに引っかき回されて、しかし歴史の表舞台には何の傷跡も残すことなく終わる人々ですから、決して楽しい話ではない…ですが、事件に関わったもう一人の旗本が登場する終章で、全体の印象ががらりと変わります。まるまるハッピーエンドになるわけじゃありませんが、最後の最後まで読み終えて、やっと全体を語れるようになる本でした。

こうして理不尽に捕らえられた10人の旗本の、それまでの人生と薩摩軍に掴まる直前までの敬意を語る連作が、本書のメインになります。間違っても旗本たちを暴君薩摩の手から救出したり、正義感あふれる第三者が真犯人を捜す流れにはなりませんので、ご承知置き下さい。
完全なとばっちりで捕まった旗本たちの中には、主従や友人、怨敵同士など、複雑な人間関係で結ばれた者が多数います。さらに偶然ながら、本当に官軍殺傷事件に関わった人物も実は捕らえられた旗本たちの中に…という、全体の十分の一くらいの分量でしかないクライマックスになる章で、ようやく10人が揃ってからが圧巻です。
薩摩の中村半次郎の登場時の印象の良さや、その後彼がどうなったかなどを考えると、この人がむちゃくちゃをやったから全部悪い、とはとても思えません。この時代には、たまたま官軍という形で現れた激烈な運命としか呼びようのないものに引っかき回されて、しかし歴史の表舞台には何の傷跡も残すことなく終わる人々ですから、決して楽しい話ではない…ですが、事件に関わったもう一人の旗本が登場する終章で、全体の印象ががらりと変わります。まるまるハッピーエンドになるわけじゃありませんが、最後の最後まで読み終えて、やっと全体を語れるようになる本でした。

柳宗悦展 ―暮らしへの眼差し― [美術鑑賞]
大阪歴史博物館で柳宗悦展をみてきました。去年はひとり民芸年など開催しておりましたので、その続きのような感覚です。
収集品はもちろんのこととして、同人誌「白樺」に関わった時代の資料や愛用品も公開されているので、民芸についての仕事以外の柳さんの個人的な側面も興味深く拝見してきました。白樺派から出発したからお坊ちゃんかと思いきや、(この展覧会ではそんなに触れられていませんが)実はけっこう色んな方面と喧嘩をしているところが好きです。
朝鮮半島の工芸品→木喰→日本各地の工芸品→少数民族の工芸品と、柳さんの仕事の全体像が眺められる展示になっているので、先に勉強していかなくても大丈夫です(私はちょっと勉強していたので、知ったような顔をして鑑賞することができました)。何となく見に来て気に入るものがあったら、そこから民芸なるものに足を踏み入れていただけそうですね。
出品資料は約350点とのこと。全4ページの出品目録が嫌になるくらい小さな字でぎっしり書かれていますけれども、きれいなもの、面白いもの、かっこいいものを眺めているとあっという間でした。私の好きな丹波焼やバーナード・リーチも、ちゃんと出ていて大満足です。民芸というのは、本当に堅苦しさのない運動になっているところが良いですね。
収集品はもちろんのこととして、同人誌「白樺」に関わった時代の資料や愛用品も公開されているので、民芸についての仕事以外の柳さんの個人的な側面も興味深く拝見してきました。白樺派から出発したからお坊ちゃんかと思いきや、(この展覧会ではそんなに触れられていませんが)実はけっこう色んな方面と喧嘩をしているところが好きです。
朝鮮半島の工芸品→木喰→日本各地の工芸品→少数民族の工芸品と、柳さんの仕事の全体像が眺められる展示になっているので、先に勉強していかなくても大丈夫です(私はちょっと勉強していたので、知ったような顔をして鑑賞することができました)。何となく見に来て気に入るものがあったら、そこから民芸なるものに足を踏み入れていただけそうですね。
出品資料は約350点とのこと。全4ページの出品目録が嫌になるくらい小さな字でぎっしり書かれていますけれども、きれいなもの、面白いもの、かっこいいものを眺めているとあっという間でした。私の好きな丹波焼やバーナード・リーチも、ちゃんと出ていて大満足です。民芸というのは、本当に堅苦しさのない運動になっているところが良いですね。
法月綸太郎『生首に聞いてみろ』(角川文庫) [ミステリ]
著名な彫刻家が病死の前に完成させた、娘をモデルにした石膏像の首だけが切断されて盗み出された。彫刻家の娘への殺人予告を警戒する家族は、法月綸太郎に調査を依頼するが…
題名がどう見ても『なめくじに聞いてみろ』のパロディなので気楽な話かと思ったら、驚きの本格ミステリでした。
タイトルに「生首」とあるものの、実際に読んでみると注目されているのは終始一貫して人間ではなく石膏像の首の方です。被害者の身元はすぐに判明し、謎解きの焦点は最初から最後まで人間ではなく彫刻作品に向いているのがなかなか異色です。探偵の謎解きは普通のミステリの手順で進む一方で、章の冒頭には彫像に関する美術書からの引用文が入り、読者を美術の世界から離してくれません。結末でのある人物の嘆きがまるで悲劇の台詞のようで、最後まで美術作品のように決まっていました。
美術ミステリが一般の注目を集めたり何かの賞を貰ったりするのは、ミステリとはあんまり関係ないんですけれども、美術鑑賞好きとしてちょっと嬉しいです。
という具合で美術界を舞台にしているので、美術館やギャラリーの場面が多数出てくるのも、個人的な趣味と重なって面白かったです。行ったことのある美術館がそのまんま登場したときには、思わず顔がにやけました。美術鑑賞が好きで色々出かけてらっしゃる方は、そちらの描写も楽しいですよ。特に、鼻持ちならない美術評論家についてのくだりが。

題名がどう見ても『なめくじに聞いてみろ』のパロディなので気楽な話かと思ったら、驚きの本格ミステリでした。
タイトルに「生首」とあるものの、実際に読んでみると注目されているのは終始一貫して人間ではなく石膏像の首の方です。被害者の身元はすぐに判明し、謎解きの焦点は最初から最後まで人間ではなく彫刻作品に向いているのがなかなか異色です。探偵の謎解きは普通のミステリの手順で進む一方で、章の冒頭には彫像に関する美術書からの引用文が入り、読者を美術の世界から離してくれません。結末でのある人物の嘆きがまるで悲劇の台詞のようで、最後まで美術作品のように決まっていました。
美術ミステリが一般の注目を集めたり何かの賞を貰ったりするのは、ミステリとはあんまり関係ないんですけれども、美術鑑賞好きとしてちょっと嬉しいです。
という具合で美術界を舞台にしているので、美術館やギャラリーの場面が多数出てくるのも、個人的な趣味と重なって面白かったです。行ったことのある美術館がそのまんま登場したときには、思わず顔がにやけました。美術鑑賞が好きで色々出かけてらっしゃる方は、そちらの描写も楽しいですよ。特に、鼻持ちならない美術評論家についてのくだりが。

沼田まほかる『九月が永遠に続けば』(新潮文庫) [国内小説]
高校生の息子が、ある夜ゴミ捨てに出たまま佐知子の前から姿を消した。息子のクラスメートを巻き込んで佐知子は必死に捜索を続けるが、別れた夫の再婚相手とその娘の影が行く手にちらついて…
登場人物が皆、異常な部分があると同時にどこかしら共感できる部分を持っているので、困ってしまいます。「何でこんな人たちがこんな理不尽な目に…」と「こんな連中はひどい目にあっても自業自得」のどちらにも行かせてもらえない、居心地の悪さと薄気味の悪さが強烈です。
もう一つ気持ち悪さのレベルを上げているのは、語り手である主人公の目の前では、全然衝撃的な事件が起こらないことだと思います。大きな出来事は、みんな主人公(と読者)の居合わせない場所で発生して、こちらはそれを主人公の耳を通してあとから聞かされるだけ、というのは、ずっと続いていると相当にむずがゆくなってきます。それでも(または、それだからこそ)私は、ページをめくる手を止められませんでした。
とにかく、どんな意味でも読後にすかっとする感じが一切ない小説なので、人にはすすめにくいところがあります。しかしながら、こうやって紹介したくなってしまう得体の知れない魅力は、確かにありました。
松の内もとうに過ぎましたが、あけましておめでとうございます。
今年もこんな感じで、季節感やその場の雰囲気をあまり気にせず、読んだものを紹介していこうと思っております。よろしくお願い致します。

登場人物が皆、異常な部分があると同時にどこかしら共感できる部分を持っているので、困ってしまいます。「何でこんな人たちがこんな理不尽な目に…」と「こんな連中はひどい目にあっても自業自得」のどちらにも行かせてもらえない、居心地の悪さと薄気味の悪さが強烈です。
もう一つ気持ち悪さのレベルを上げているのは、語り手である主人公の目の前では、全然衝撃的な事件が起こらないことだと思います。大きな出来事は、みんな主人公(と読者)の居合わせない場所で発生して、こちらはそれを主人公の耳を通してあとから聞かされるだけ、というのは、ずっと続いていると相当にむずがゆくなってきます。それでも(または、それだからこそ)私は、ページをめくる手を止められませんでした。
とにかく、どんな意味でも読後にすかっとする感じが一切ない小説なので、人にはすすめにくいところがあります。しかしながら、こうやって紹介したくなってしまう得体の知れない魅力は、確かにありました。
松の内もとうに過ぎましたが、あけましておめでとうございます。
今年もこんな感じで、季節感やその場の雰囲気をあまり気にせず、読んだものを紹介していこうと思っております。よろしくお願い致します。

2011年・今年の10冊 [その他]
今年は大変な一年になりましたが、そんなときでも人は眠くなるしお腹が空くし、本を読みたくなるものです。
ということで、毎年年末にやっている「私が今年読んだ中から選ぶ10冊」、2011年版をお送りします。
10冊と銘打ちながら、屁理屈を付けて11冊以上にしようとするのも、毎年のことです。記事へのリンクを張っていますので、興味を持っていただいた方はそちらもご覧下さい。
ピーター・プレストン『51番目の州』
マックス・ビアボーム『ズリイカ・ドブソン』
マイクル・イネス『アララテのアプルビイ』
ショーペンハウアー『意志と表象としての世界〔I・II・III〕』
武田友宏編『太平記』
J・L・ボルヘス『七つの夜』
グスタフ・ルネ・ホッケ『迷宮としての世界〔上・下〕』
山田風太郎『戦中派焼け跡日記』
村川堅太郎訳注『エリュトゥラー海案内記』
久世光彦『蕭々館日録』
・タイトルを言ってはいけないあの詩賞
谷川俊太郎『夜のミッキー・マウス』
このようになりました。それでは皆さん、どうか良いお年を。
ということで、毎年年末にやっている「私が今年読んだ中から選ぶ10冊」、2011年版をお送りします。
10冊と銘打ちながら、屁理屈を付けて11冊以上にしようとするのも、毎年のことです。記事へのリンクを張っていますので、興味を持っていただいた方はそちらもご覧下さい。
ピーター・プレストン『51番目の州』
マックス・ビアボーム『ズリイカ・ドブソン』
マイクル・イネス『アララテのアプルビイ』
ショーペンハウアー『意志と表象としての世界〔I・II・III〕』
武田友宏編『太平記』
J・L・ボルヘス『七つの夜』
グスタフ・ルネ・ホッケ『迷宮としての世界〔上・下〕』
山田風太郎『戦中派焼け跡日記』
村川堅太郎訳注『エリュトゥラー海案内記』
久世光彦『蕭々館日録』
・タイトルを言ってはいけないあの詩賞
谷川俊太郎『夜のミッキー・マウス』
このようになりました。それでは皆さん、どうか良いお年を。





