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塚本邦雄『珠玉百歌仙』(講談社文芸文庫) [詩歌・戯曲]

短歌といえば小学校で百人一首、あとは新古今集の作風が好きでたまに開いてみたり現代の短歌を少々というくらいのぬるいファンです。どうも和歌から短歌へ、平安時代から一気に近現代まで時代が飛んでしまう感がありますが、そのあいだにも日本の歴史とともに歌という芸術はずっと続いていたわけで、この真ん中の時代も含め、前衛歌人の塚本邦雄が六世紀から二十世紀までの和歌から選び抜いたアンソロジーです。
ざっと千三百年のアンソロジーってどんなかと思いますよね。わたくしはもともと和歌に詳しくないものですから、そのまま色んな人の出てくる歌集として読みました。歌人の名前となるとさっぱりわかりませんが、意外なことに知っている名前もちらほら出てくるんですよ、歌人ではなく武将とか学者から。まずこのあたりが新鮮ですし、なんといっても塚本さんが自信を持って選んだものですから聞いたこともない人の歌でも信頼感があります。
13世紀以降、勅撰和歌集もそんなに出なくなった時代から選ぶのはほんとうに大変だったという序文がついているんですけれども、そんな時代にしっかり光を当てて傑作を拾い出した塚本さんに脱帽です。冒頭が齊明天皇、ラストが森鴎外、全部で百十二首をどうぞご賞味ください。

珠玉百歌仙 (講談社文芸文庫)


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『幻想の坩堝 ベルギー・フランス語幻想短編集』(松籟社) [幻想文学]

副題がふるっているじゃありませんか。ベルギーはオランダ語・フランス語・ドイツ語の三つが公用語となっている国ですが、中でも二十世紀後半までフランス語が日常的に使われていた北部フランドル地方を中心に編まれた幻想文学のアンソロジーです。これだけエリアと地域を絞って、テーマに沿った短編集ができるんですからたいしたものです。
収録された作家は全部で八人。マーテルランクやローデンバックは日本でもご存じの方はたくさんいらっしゃるかと思いますが、あとは見たこともない名前がいくつも並んでいます(わたくし調べ)。わたくし自身は以前読んだ『マルペルチュイ』があまりにすばらしかったジャン・レーが目当てで手に取りました。ジャン・レーの新しく日本語で読める作品がここにあることが嬉しいです。
それにしても、こんなに「幻想」の二文字が似合う地域ってなかなかありませんよね。ベルギーの文化の特異な歴史については解説でも少しだけ触れられていますけれども、日常生活からの踏み外し方がどの作品も感動するほどみごとです。そもそも日常なんてあったのかと疑いたくなるような世界に入り込んで、しばらく戻ってこられない覚悟で読みたい一冊です。
フランス・エレンス「分身」は比較的現実的な世界のお話で、アメリカやヨーロッパの怪奇小説でもよく出てくるテーマを扱っているのですが度肝を抜かれました。ほんとうに地に足のついた語り口なのですが、幻想小説のようなSFのような得体の知れない展開をします。

幻想の坩堝 ベルギー・フランス語幻想短編集


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キャンデス・フレミング『ぼくが死んだ日』(創元推理文庫) [幻想文学]

真夜中に車を飛ばすマイクは、家まで乗せてほしいと頼む少女をきっかけに、十代の子どもたちだけが眠る墓地へと迷い込む。そこでは若くして命を落とした少年少女が、自分たちの最期の物語を次々と語り出して……
19~21世紀のシカゴ周辺、時代も環境もばらばらな十代の子どもたちの幽霊がひたすら自分たちの死に際を語る連作短篇集です。因果応報であったり理不尽であったり、そこに至る理由はさまざまですが、とにかく結末はぜんぶ最初から決まっています。そもそも子どもたちの幽霊が出てくる時点でファンタジーなんですけれども、彼らを死に追いやる存在もエイリアンに悪魔に古代の呪いにとバラエティに富んでいます。驚くことに、ひどい話ぞろいながら読後感はそれほど悪くなかったんですよ。語られる時代の並びはばらばらですが、年代順に追ってゆくとシカゴの歴史が浮かび上がってくる楽しみもあります。
とにかくさいごに死ぬ話ばかりなのでお気に入りを語り合うのもはばかられますが、どの作品もどこかしらユーモアが感じられるのも素敵なところです。わたくしは慣れ親しんだ名前と場面がいくつも出てくる「エドガー」が特に好きです。

ぼくが死んだ日 (創元推理文庫)


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レオ・ペルッツ『アンチクリストの誕生』(ちくま文庫) [幻想文学]

虚実入りまじった幻想的歴史小説でわたくしの心をわしづかみにしているレオ・ペルッツの待望の短篇集です。待望していたのはわたくしだけではないはずです。
長篇の緻密さ濃密さをコンパクトに凝縮した読みごたえある中篇、短いながらも作風のよくあらわれた短篇など8作品が収録されています。まさかいきなり文庫で読めるとは思わなかったので嬉しい驚きです。19~20世紀に移り変わる時代のヨーロッパを背景に、月を憎み恐れる一族や自分の息子がアンチクリストであると確信した男など、異様な思考にとりつかれた人々の繰り広げる予想もつかない物語を、この機会にぜひたくさんの方々に読んでいただきたいです。訳者の垂野さんがブログで原作本挿し絵(ネタバレあり)を公開してくれましたので読後にどうぞ。
解説でも少し触れられているですが、長篇でもしばしば登場したテーマが中短篇だとよりはっきり見えているので、こちらを足がかりにして長篇にも手を伸ばしていただきたいものです。翻訳が出てほんとうに嬉しい作家なので、わたくしの感想などよりとにかくたくさんの人にペルッツの名前が知られればと思っています。

アンチクリストの誕生 (ちくま文庫 ヘ 13-1)

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ピーター・トライアス『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』(早川書房) [SF]

第二次世界大戦で枢軸国側が勝利し、アメリカの西半分が日本合衆国となった1988年のロサンジェルス。検閲局に勤務する石村大尉は、アメリカが戦勝国となった世界を舞台にしたゲームがひそかに流行していると知らされる。そのゲーム「USA」のの開発には、かつて石村の上官だった人物が関係しているらしく……
表紙がものすごく日本のアニメっぽい人型巨大メカなのですが、それよりもフィリップ・K・ディックですよ。とにかく大変な『高い城の男』だったので大丈夫です、安心してお読み下さい。わたくしが保証します。どちらかといえば、表紙のメカが中盤までなかなか出てこないほうが心配です。
日本合衆国(以下USJ)はスマホのように多機能な端末として電卓が発展した便利な社会であり、ネットゲームや非合法の娯楽も発展していますが同時におそるべき管理社会でもあります。主人公も、彼と行動をともにする特別高等警察課員も肉体的精神的にきつい目に遭いますし誰かをきつい目に遭わせたりもします。血みどろの攻防と巨大メカの戦闘と反政府戦力とゲーセンが入り混じった、二十一世紀らしいとんでもない娯楽小説になっています。
ゲームの中に存在する夢と希望の「アメリカ合衆国」が現実にはあり得ないと知りながら読めば、さらにものがなしさが強まって味わい深くなります。本書のテーマと説得力については、解説で著者の略歴を読むと納得できるところがありますね。

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

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シルヴァン・ヌーヴェル『巨神計画〔上・下〕』(創元SF文庫) [SF]

アメリカの片田舎で見つかった、イリジウム合金製の巨大な手。それは数千年前に地球を訪れた何ものかが遺した、巨大な人型ロボットのパーツのひとつだった。発見者の少女ローズは後に物理学者となり、謎の人物「インタビュアー」とともに地球上に散らばったパーツを回収するプロジェクトを開始する。
これはロボットアニメ好きな人っぽいなぁというあらすじです。実際そんな調子なので日本のロボットアニメしか知らない方でも面白く読めると思います。正体不明のパーツがどこから来たのかとか、どうやら身長60メートル以上の女性型らしいとか、ロボットそのものについての謎と並行してプロジェクトにかかわる人々のドラマが進行するのが特にアニメ的です。
語り口が独特で、ほぼ前編がインタビュアーと呼ばれる正体不明の人物によるインタビューによって構成されています。この人はインタビューをするだけではなくパーツ回収プロジェクトの推進者でもあり、合衆国大統領補佐官とトークしたり個人的に外部の人間と対話したりと忙しい人物です。他にも軍のパイロット、技術者、科学者などの行動と思惑が絡み合い、上巻の終わりで起きる衝撃的な事件からは予想外の展開が相次ぎます。本作はいったん上下巻で終わっているのですが、さいごにもうひとつびっくりする展開が用意されていますので続編の翻訳を楽しみに待ちましょうね。
巨神計画〈上〉 (創元SF文庫) 巨神計画〈下〉 (創元SF文庫)

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ハビエル・マリアス『執着』(東京創元社) [海外小説]

マドリッドの出版社ではたらく編集者マリアは、一週間ほどの出張から帰ったある日、毎朝カフェで見かけた理想的な夫婦の姿が消えたことに気付く。同僚の口から、カップルの夫が逆上したホームレスに殺されたことを聞かされたマリアは、やがて未亡人となった妻ルイサと知り合いになり、夫婦の友人でもある男性に引かれてゆく。ルイサに思いを寄せる男性に望みのない恋をするマリアだが、ある日彼の恐るべき秘密を知ってしまい……
ストーリー自体はとてもシンプルで、通り魔殺人事件をめぐる主人公のさまざまな感情の動きと、周囲の人々とのやりとりを中心に、出版社勤務の独身女性の生活をつづっているだけなんですけれども、これがびっくりするほど面白いんですよ。本当です。
後半にゆくにつれ、主人公の心を占めるのは「理想のカップル」から夫婦の友人だった男性に変わり、彼との対話がどんどん分量を増してゆきます。彼の秘密を耳に入れたあとはサスペンスと見まごうような流れに向かうものの、主人公の心の中をじっくり語る形式は変わりません。『三銃士』や『シャベール大佐』を絡めつつ展開する思考が実に出版社勤務の人らしくて楽しかったのですが、脱線しながらじりじり進む文章や愛についての考察など、ちょっととっつきにくそうな文体でもあります。それをとても楽しくすいすい読み終えてしまったので、今この人ちょっととんでもねぇ作家なんじゃないかと思っています。

執着 (海外文学セレクション)

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アンドレアス・グルーバー『刺青の殺人者』(創元推理文庫) [ミステリ]

全身の骨を折られ、血を抜きとられた若い女性の他殺死体が発見される。身元確認にやってきた被害者の母は、行方不明になっているもう一人の娘と犯人を見つけようとみずから捜索に乗り出して……
この母親の行動力がものすごくてですね。わたくしはいっそ痛快でしたけれども、普段ひとに振り回されるお仕事をしている方にとってはストレスになるかもしれません。他にも目を覆いたくなるような描写がいろいろ出てくるので、映画化したらPG12ですまないくらいには面白く、そしてやめられないです。
彼女にさんざん引きずり回される、ぜんそく持ちでシングルファーザーのライプツィヒ刑事警察の上級警部が主人公です。もうひとりの主人公であるクライアントに振り回されるウィーンの弁護士も登場し、重なりそうで重ならないふたつのストーリーが並行して進んでゆきます。彼らふたりが最終的に協力してひとつの事件を追うシリーズですが、「前に別の事件でいっしょになったことがある」程度に触れられるだけなのでここから読み始めてもまったく問題ありません。

刺青の殺人者 (創元推理文庫)


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エラリー・クイーン『アメリカ銃の謎』(創元推理文庫) [ミステリ]

大観衆を集めたニューヨークのスタジアム、往年の西部劇スターによるショウが幕を開けた。しかしロデオ一座のカウボーイ四十人の拳銃がいっせいに火を噴いた瞬間、そこには落馬したスターの銃殺死体が……
国名シリーズ第六作にしてエラリー・クイーンの転換点ともいえる意欲作です。どこらへんが転換点なのかは太田忠司さんの解説が詳しいのでぜひご確認下さい。わたくしでもわかった違いとしては、これまでいわゆる「国名シリーズ」ではタイトルになった国とは全然関係ないストーリーだったところを、今回はがっつりアメリカの銃の話ばかりしているところですね。
衆人環視の中で起きた本作の事件は、容疑者が二万人の観客+ステージの四十人という目もくらむようなスケールの犯罪ですが、ちゃんと推理がまとまってちゃんと犯人が指摘されます。転換点という話が出ましたけれども、事件を取り巻く人々の描写に今までよりページを割いている印象があります。

アメリカ銃の謎【新訳版】 (創元推理文庫)


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獅子文六『コーヒーと恋愛』(ちくま文庫) [国内小説]

愛嬌ある風貌でお茶の間に人気の女優坂井モエ子はコーヒーをいれる腕前も抜群。しかしそのコーヒーが縁で結ばれた八歳年下の青年は、新劇に情熱を燃やすうちに若い女優に引かれ始める。悩めるモエ子はコーヒー愛好会の仲間に相談を持ちかけるが……
戦後しばらく経ってからの東京を舞台に、新劇とテレビの世界を中心にコーヒーがあちこち配置されたお話です。赤坂にあるドラマに強いテレビ局なんかも登場しながら、主人公にも友人たちにも欠かせないコーヒーがしょっちゅう登場する、物言わぬコーヒーとそして恋愛にまつわるどたばた小説です。ほんとうにコーヒーが何度も何度も出てくる、何もかもコーヒーから始まり、コーヒーがなくては進まないお話なんですよ。
主人公は美人ではないけれど脇役で人気の高い女優ということで、当時のテレビドラマの裏側なんかも覗けるのですが、そんなことよりとにかくコーヒーです。男女の恋模様とコーヒー、ドラマや演劇界とコーヒー、恋愛とコーヒーに興味のある人に届いてほしい本です。著者自身もそれなりにコーヒーを楽しまれたそうですが、度の過ぎたコーヒーマニアがどんなことになってしまうかを語るくだりは(わたくしがコーヒーをやらないにもかかわらず)大変楽しく読みましたので。

コーヒーと恋愛 (ちくま文庫)


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