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海野十三『深夜の市長』(創元推理文庫) [ミステリ]

昼間とはまったく別の顔を見せる夜の東京で、深夜の散歩を趣味とする僕は奇怪な殺人事件に遭遇したことをきっかけに「深夜の市長」と呼ばれる怪老人と出会う。警視総監やT市長をも巻き込む陰謀にも関わりを持っているらしい深夜の市長の正体とは?
こんな設定で、一昔前の東京の夜に怪人や権力者たちが入り乱れる表題作のほか、SFっぽいものから本格風ミステリまで短篇作品をあわせて収録した作品集です。もうちょっとシンプルな、推理どころじゃなくひたすら怖いだけの話などもあります。
わたくしはもう「深夜の市長」というタイトルと、そういう名前のキャラクターが登場して大活躍するだけでわくわくしてどうしようもないのですが、昼の光の下とはまるで違う顔を見せる夜の大都市のイメージがまず強烈じゃありませんか。シリアスそうな雰囲気に反して、主人公の行動があまりにも行き当たりばったりで突っ込みどころにあふれていところですとか、大事な用事をすぐ先延ばしにして登場人物に突っ込まれるですとか、あまりにもざっくりした市政ですとか、なかなかドタバタしてコミカルなシーンも多数あります。
そんなに科学にも犯罪捜査にも詳しくないミステリ好きのわたくしが「??」となるところもあるんですけれども、それはそれとしてびっくりするようなアイデアがぞろぞろ出てくるのが楽しい本です。気がついたらこの文庫から海野十三傑作集がもう4冊目で、読めば納得の弾けっぷりでした。

深夜の市長 (創元推理文庫)

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今日泊亜蘭『最終戦争/空族館』(ちくま文庫) [SF]

日本SFの黎明期から活動している伝説的作家の文庫オリジナルアンソロジーです。「宇宙塵」同人にも参加ですとか、佐藤春夫に紹介されて探偵小説を書き始めたとか豪華なエピソードがもりもり出てきます。
そのくらいの人ですから当然いろんな作家に影響を与えていて、本書に収録された作品だけでも星新一や筒井康隆を想起させる要素がぼちぼち含まれています。ミステリっぽい雰囲気のものから子ども向けのややほんわかした作品まで幅広く、クスッと笑えるしゃれた結末もあるしぞっとするカタストロフィも入っています。表題作のうち「最終戦争」は毒を含んだ風刺がありますが、もう一方の「空族館」は登場人物たちにとってはさっぱり笑えない喜劇です。
わたくしは「博士の粉砕機」が無慈悲ですばらしいと思いますね。子ども向けにリライトされたバージョンも収録されてるですが文章がやさしくなった以外に特に違いはないです。

最終戦争/空族館 (ちくま文庫)


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イーヴリン・ウォー『スクープ』(白水社) [海外小説]

毒にも薬にもならない田園記事を新聞に連載していた青年ウィリアム・ブートは、人違いで海外特派員に任命され、政情不安まっただ中にあるアフリカの某国へ送り込まれることに。怪しげな人々がうごめく世界で本職の記者たちに揉まれて右往左往されるうち、彼は思いがけず本物のスクープをものにするのだが……
1938年に書かれたジャーナリズムをめぐる小説です。とにかくひどい話なのでぜひ「ひっでぇなぁ」と声に出して突っ込みを入れながらお読みいただきたいです。もうずいぶん前に出た本ですけれども、ひょっとすると現在でも報道の世界はこんな調子なんじゃないかと思わせるいやな説得力があります。
政変前夜のアフリカの架空の国を舞台にしていますが血湧き肉躍る大冒険はどこにもなく、ろくに娯楽もない土地でだらだら過ごす記者たちや埒が明かない政府の対応、肝心のときに届かない本国からの電報などお笑い要素が山盛りです。ばかばかしくも楽しいお話ではあるのですが、ちょっとジャーナリズムの現場にいる人には見せられない……いや、むしろそういう方にこそ読んでいた大体かもしれない本です。

スクープ (エクス・リブリス・クラシックス)


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ワイルド『幸福な王子/柘榴の家』(光文社古典新訳文庫) [海外小説]

オスカー・ワイルドの童話集二冊の新訳版です。特に表題作「幸福な王子」は有名ですし、「小夜啼き鳥と薔薇」「身勝手な大男」もちょこちょこアンソロジーや絵本で見かけますよね。どれも見たところはいかにも子どものためのおとぎ話で見られそうな少し昔のどこかの国や愛らしい登場人物に彩られていて、でもストーリーはというとハッピーエンドとは限らないし全てがきれいに丸く収まるわけでもありません。
他人のために一生懸命がんばった人が別段報われずそのまま終わったりもしますし、宗教的な救済がおとずれることもありますし、読む前からうすうす予想してはいたんですけれども子どものためになる教訓的なお話という感じはそんなにしません。それでいて、あたまに「本当は怖ろしい」とか「大人のための」とつけられるような毒と皮肉に力を注いでいるようでもないです。つらい話もひどい話もひっくるめて、ひとつひとつが短いながらも美しい悲劇のような味わいです。もし子どものころに読んでいたら、結末にいちいち納得がいかなかったんじゃないかと思いますね。

幸福な王子/柘榴の家 (古典新訳文庫)


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ピエール・ルメートル『天国でまた会おう』(早川書房) [海外小説]

1918年11月。休戦が近いと噂される第一次世界大戦のさなか、前線の兵士アルベールは上官プラデルの悪事を目撃したため戦場に生き埋めにされてしまう。同僚のエドゥアールに救出されて九死に一生を得た彼は、多くのものを失いながらも新たな人生を歩み始める。一方かつての上官プラデルは、大戦後のパリで実業家としてのし上がり……
戦争で全てを失った主人公たちが上官に復讐する話だと思っているとびっくりしますね。主人公のアルベールからしてどこまでもヒーローらしくない優柔不断な青年で、悪人ではないけれど特別な正義感や意志の強さを持っているわけでもありませんし、彼を救ったエドゥアールのその後の運命も読者の予想を裏切ります。あくどい手段で立身出世をもくろむ元上官はいつまでもぴんぴんしているし、主人公たちの家族は真相に気付く気配もなく、主人公は主人公で日々を暮らすのにせいいっぱいです。
なんですけれども、これが抜群におもしろいんですよ。第一次世界大戦とその後のヨーロッパを舞台に、戦場での裏切りと目撃しながら生き延びた兵士という重たいテーマを扱いながら、サスペンスにあふれた娯楽小説なんです。あの日からいったい何がどうなってこんなことになったのか、考えると分岐点が見えてくるような気もするけれどそれはもう過去の話で、結局今となってみると何もわからない、人生そのままに平凡でドラマチックな小説です。
天国でまた会おう(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫) 天国でまた会おう(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

全1冊の単行本もあります。
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ローラン・ビネ『HHhH』(東京創元社) [海外小説]

1942年、ドイツ保護領となったプラハへ二人の兵士が潜入する。ロンドンに亡命したチェコ政府の計画に従う彼らの目的は、〈第三帝国でもっとも危険な男〉と呼ばれるチェコ総督代理ハイドリヒの暗殺だった。
小説化すればいくらでもドラマチックになる題材を、恋愛や歴史秘話をからめた手に汗握る娯楽作品としては読ませてくれないのがこの本のすばらしいところであり、作者の腕前の大したところでもあります。最初から最後まで、執筆者である「僕」がハイドリヒ暗殺計画と同じくらい前面に出てきて、父や恋人との思い出、本書のための取材旅行で目にしたものや登場人物の内面に分け入ることについても語り続けるんですから。
作中の「僕」がそのまま著者といえるかどうかはわかりませんけれども、本書はハイドリヒ暗殺計画をテーマにしたノンフィクションとしてはもちろん、伝記小説を書くことと向きあう著者自身まで包み込んだ一つの作品になっています。史実としての結末はもちろん最初からわかっていて、ハイドリヒがここで暗殺されることもふたりの兵士とチェコの運命も読者は知ろうと思えば知れるのですが、小説を書いてきた「僕」のその後はわかりません。作者自身がお話の中にしょっちゅう顔を出してくる形式を伝記小説で成功させ、「史実を元にした小説を書くこと」についての小説として成功させたというのはとんでもない力業であり偉業ですよ、ほんとうに。

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)


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吉村昭『高熱隧道』(新潮文庫) [国内小説]

昭和11年8月に着工され、昭和15年11月に完成した黒部第三発電所建設工事を題材にした小説です。工事過程は実際の資料にもとづきながらフィクションをまじえ、登場人物については作者の創作によるフィクションになっています。どのくらい脚色されているかは少し検索すれば出てきますけれども、思っていたより創作ではない部分の大きかったことに震える思いがしました。
トンネルが無事開通するシーンにちっともカタルシスがなくて、それゆえに大変な名作だと感じました。両側から掘り進めた坑道の食いちがいが横に1.7cmしかなかったことを褒め称えるよりも先に、岩盤温度摂氏160度超という数次に殴り倒されて言葉が出てきません。数字と言えば、全編にやんわりとのしかかるのは昭和11年という時代も過酷な工事をおしすすめた原動力のひとつであり、感動的な読み方を許しません。
何よりすばらしいのは、人間側がついつい「これほどまでに人間の挑戦を拒む自然に何らかの大いなる意思の存在を感じずにはいられない」などと言いたくなるんですけれども、おそらく自然さんサイドはまったく気にせずご自分の都合で雪崩を起こしたり地熱を急上昇させたりしていらっしゃると思われるところですね。擬人化すら受け付けないものを相手にいくら一生懸命やっても、もう戦いなんて呼べるものじゃないんですよ。
テーマを見ると「少女架刑」などの繊細な作風とは一線を画する吉村さんの別のお顔のようですが、
事故の犠牲者と向きあう技師を見ている人を描写する目線や、重苦しいトーンで結ばれたあとのさいごの段落を読むと、人間の体の外側で起きる現象をひたすら見つめるところは同じ人の小説だと思いました。

高熱隧道 (新潮文庫)

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木×仏像(~6/4) [美術鑑賞]

大阪市立美術館の特別展「木×仏像」に行ってきました。
タイトルのとおり木彫仏のみを特集する展覧会で、材質や技法にも注目した解説が興味深いです。時代も飛鳥時代から江戸時代まで幅広く、仏像そのものの作風の変遷を見ることもできます。
木彫仏ならではの注目ポイントとしては、わかりやすい例を展示しての技法の説明が面白かったです。木材の乾燥による亀裂を防ぐための内刳りというのは、聞いたことはありますけれどもあんなにごりごり中をくりぬくものだとは知りませんでしたし、木造だからこそ可能になった寄木法も昭和になってから作られた標本でじっさいの構造を見せてもらえます。他にもよく用いられる木材に触れたり重さを比べたりできるコーナーもあり、桐が明らかに他より軽い!なんて体験もできました。
特別な由来のある材料が使われている例も出ていたのですが、木材が採取された場所までわかるのは珍しいというのが少々意外でございました。そんな中「閻魔王の宮殿の松で作られた」像というのがありましてこれはぜひその筋の方にご覧いただきたいと思います。仏像のほかにも、円空の秋葉権現など素敵なものが出ていましたよ。
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特別展 海北友松(~5/21) [美術鑑賞]

京都国立博物館海北友松展に行ってきました。
とにかく建仁寺の雲龍図がすばらしかったので世界中に見ていただきたいです。じっさいの配置を模しての展示となっていて、目を奪われるスケールの大きさ、二面にそれぞれいる龍の顔の違い、吹き荒れる風や雲の表現まで圧倒されっぱなしです。明るいところで一人で見たら正気でいられないんじゃないかと思います。
五十代までは狩野派にいて、その後独立してから頭角を現した人だそうです。キャリアは長いですから技巧はもちろんすぐれているんですけれども、そこからあのとんでもない迫力の龍が生まれたきたのはどういうことかと考えるとやっぱりただならぬ絵師です。活動時期がちょうど桃山時代と重なり、大坂夏の陣直後に没する、戦国時代末期を京都で生きた人だというイメージが似合います。
その他もっと穏やかな筆致の水墨画、がらりと雰囲気の違う写実的な花卉図まで出てくる大変に気合いの入った特別展です。ここの博物館の開館120周年記念でもありますから見に行かない手はありません。

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ケイト・モートン『秘密〔上・下〕』(東京創元社) [海外小説]

少女時代のローレルの目の前で、訪ねてきた旧知らしき男に突然ナイフを突き立てた母。五十年後女優として成功したローレルは、母の所有品から見つかった一枚の写真をきっかけに、幼い日に目撃した母の行動の謎とその過去を探りはじめる。
2011年のローレルがインターネットや弟の協力を手がかりにおこなう調査と、1941年に生きるローレルの母ドロシーの視点で交互に語られる小説です。先に進むにつれてドロシーの恋人ジミー、戦時下のロンドンで知り合う女性ヴィヴィアンなど登場人物も増え、語り手の視点も重層的になってゆきます。
ですから全体の半分くらいは戒厳令下のロンドンの人々の暮らしを描いているのですが、空襲に怯える人々あり国防婦人会あり、一方で優雅な生活をちっとも崩さない上流階級などもあらわれて鮮やかな切り口です。そんな中で自分の夢を叶えるために努力を重ね、やがてる娘ドロシーの生活は波乱に満ちているのですが、現代で調査を進めるローレルの身には特に何らかの脅威が迫ることはありません。にもかかわらず大変スリリングで、過去のできごとを並行して読み進めている読者には時々もどかしくもはらはらする楽しみは少しも失われていません。
現実の歴史とリンクしつつ、ところどころに虚構や意図的な年月のずれも含まれた、あたまに「歴史」とつけるにはあまりにも個人的なできごとをていねいに追いかけたけっこうなミステリでした。

秘密 上 秘密 下

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