So-net無料ブログ作成

没後40年 幻の画家 不染 鉄(~11/5) [美術鑑賞]

不染鉄(ふせん・てつ)という画家さんです。東京に生まれて日本画を学び、伊豆大島で漁師になったり帝展に入選したり絵の学校を首席で卒業したり、不思議な経歴のある不思議な日本画を描く人で、現在奈良県立美術館で回顧展をやっているんです。
わたくしはお名前もまったく聞いたこともない人だったのですが、たまたま目にした富士山がこれまで見たこともないような姿をしていたので気になって気になってつい行ってきてしまいました。
材質や題材はこれ以上ないくらい日本画ですし、水墨画や南画っぽい作品もたくさんあって、確かに日本画の伝統にのっとった画家さんだと思うんですけれども、薬師寺の東塔や富士山や自転車をああいう風に描いている人はちょっと記憶にありません。ガラスケースに横たわる堂々たる絵巻物かと思いきや、細かな字で書き込みがしてある手紙だったときにはちょっと度肝を抜かれました。1976年になくなった方ですから十分に現代画家と呼べるはずですが、あまりにカジュアルでマイペースで身近な雰囲気の人です。
それなのに風景画はまるでこの世のものではないようで、特にわたくしは薬師寺を題材にした一連の作品の前でしばらくぼうっとしていました。色んな人に知っていただきたい、そして作品にびっくりしたい名前が読めなくて戸惑ったりしていただきたい画家さんでした。
nice!(2) 
共通テーマ:アート

パトリシア・ハイスミス『キャロル』(河出文庫) [海外小説]

デパートのおもちゃ売り場で働く舞台美術家志望のテレーズは、娘のクリスマスプレゼントを買いに来た美しい女性キャロルに一目で心引かれる。衝動的に彼女へクリスマスカードを送ったことをきっかけに二人は親しくなるが、家庭に問題を抱えるキャロルとの交際は思わぬ方向へと……
パトリシア・ハイスミスといえば、人間のいやな部分を凝視した登場人物の誰も好きになれそうにないミステリや短篇のイメージが強かったですがこちらはなんとふつうの恋愛小説です。もともと心理描写は抜群にすばらしい人ですから、ミステリではないものを書いたっておもしろくないはずがないんですけれども、いやな気分だけでなく幸せな気持ちも全部描かれた恋愛小説は驚くほど素敵でした。脇役ではちゃんと不愉快な人物も出てきますし、主人公の揺れる気持ちもなかなかに身勝手で現実味があるので、これまでのハイスミス作品がお好きな方もどうぞご安心ください。
大変まっとうで美しい恋愛小説であることももちろん、1951年に発表されたことを思うと結末に拍手喝采したくなります。巻末に付された著者のあとがきや2010年版序文でさらに感慨が深まります。

キャロル (河出文庫)

nice!(6) 
共通テーマ:

『失敗の本質』(中公文庫) [学術書]

六人共著なので著者名は省かせていただきます。範囲の広すぎるタイトルですけれども副題が「日本軍の組織論的研究」で、第二次世界大戦で日本軍が失敗した局面を六つの場面から科学的に分析するとても意欲的な本です。テーマがしっかり設定されていて驚くほど読みやすかったので、このジャンルに詳しくない人にもおすすめできます。ほんとうに面白かったんですよ。組織論の立場からの分析という目的とアプローチの方向が最初にちゃんと書いてあるので、後知恵は卑怯とか、数百人の死が些細な損害と呼ばれる世界とか、戻ってきたら降りる場所がなくなってるかもしれないのに飛び立つ米軍の兵士の皆さんとかそういう情緒的なことは一切廃して読めるのが特によろしいです。そういう本じゃないんですよ。
現代においてビジネスやスポーツの世界で戦っている人にはぜったいに収穫のある本だと思います。もちろん自分が失敗する側であると肝に銘じた上で読んだ場合のお話ですけれども、すでに結果の出ているでかい失敗から学ぶのは間違いなく役に立ちますよね。
それからもう一度言いますけれども、読み物として面白かったです。表紙が難しそうとかこの時代に詳しくないとか、現都知事が推薦してるとかそういうこととは関係なくわたくしもおすすめします。日本的風土、あるいは人間的風土が犯しがちな失敗だけでなく二十世紀戦史の入り口にもなります。

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)


nice!(1) 
共通テーマ:

クリスチアナ・ブランド『領主館の花嫁たち』(創元推理文庫) [海外小説]

当主の妻を失ったばかりのアバダール屋敷に、家庭教師として雇われたテティ。残された愛らしい双子の姉妹に魅了された彼女は、不幸な過去を忘れ新しい暮らしを始めるが、一族にまとわりつく怪異が姉妹を脅かし、やがてテティも……
ミステリで有名な作家ですがこれはあまりミステリではないと思います。とにかく大変おもしろい小説だったのでジャンルについては特にどれと決めなくてもいいんじゃないでしょうか。由緒あるお屋敷に暮らす一族と数百年前から彼らにつきまとう呪い、使用人や親族たちなど小さな世界ながら魅力的な要素が山ほどつまっています。怖い話というだけではなくかわいらしい女の子や当主の親戚のいやみなおばさまなど、笑えるポイントや心安まるポイントもちゃんと用意されています。
どこか不穏な日常が中盤のある出来事で大きく変わり、そこから二転三転を経て、屋敷と一族に隠された秘密が明らかになったそのあとまで目が離せませんでした。歯ぎしりしながら最後の一行まで世読み進めてください。

領主館の花嫁たち (創元推理文庫)


nice!(2) 
共通テーマ:

久生十蘭『魔都』(創元推理文庫) [ミステリ]

大晦日の東京の夜、夕陽新聞記者の古市加十は日比谷公園の鶴の噴水が唄うという奇妙な噂を耳にする。それをきっかけに知り合った来日中の安南国皇帝は行方をくらまし、さらに彼が持ち込んだとされる宝石をめぐる駆け引きが浮上して……
昭和九年の大晦日から一月二日未明、わずか三日間の東京を駆け抜ける長篇ミステリです。とはいえ明確に指名される犯人を追及するというより、探偵役をつとめる警視庁の眞名古明警視が対決するのはタイトルにもなっている「魔都」東京そのものという趣です。登場早々『レ・ミゼラブル』のジャヴェルそっくりと言われるこの警視と、冒頭で出てきたいかにもぱっとしない記者古市氏の名コンビでみごと事件を解決、という展開には最初に申し上げておきますがならないです。
安南国皇帝の愛人墜死事件、ダイヤモンド行方不明事件、噴水の鶴の歌事件と山積みの問題を前に、辞職願を懐に必死の捜査を続ける眞名古も特ダネを狙う加十も警察もやくざもその他の関係者たちも、みんなして無秩序に大きくなってゆく事件に引きずり回されていただけでは、と読み終えて振り返ると思います。1936年発表の、現実のきなくささをも匂わせる帝都の狂騒に読者もまた巻き込まれ、戻ってこられなくなりそうな都市小説でした。

魔都 (創元推理文庫)


nice!(1) 
共通テーマ:

福永武彦『風のかたみ』(河出文庫) [国内小説]

信濃から都へ上った大伴の次郎信親は、かつて中納言に愛された叔母の忘れ形見の姫君に思いを寄せる。都を騒がす正体不明の盗賊不動丸もまた姫君を付け狙うが、姫君はただ一度だけ出会った貴公子を忘れられず……
「今昔物語」のなかのいくつかのエピソードを題材にした王朝ロマンです。上記のような男女の恋が絡まり合い、さらに幾人かの登場人物たちの思惑が交錯したストーリーで一気に読み終えました。おもしろくて読みやすくてしかも文章が格調高い、どこにも隙がありません。あまり読まないジャンルなので時間がかかるかと思っていたらまったくそんなことはなく、先が気になってページをめくっていたらもう読了していました。
導入部分から登場する陰陽道の修行を積んだ法師、次郎と関わりを持つ笛師とその娘、都の治安を守る検非違使の尉など、王朝ものの雰囲気を盛り上げるキャラクターも魅力的です。姫君との恋を諦めようとする貴族の青年が、あまり悪いふうに描かれていないのがよろしいですね。幸せな話ではないのですが、オープニングと呼応するようなものさびしいラストシーンまで、平安時代終わりかけごろの空気をまとった小説でした。

風のかたみ (河出文庫)


nice!(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

ノイロニムス・N・フリーゼル『ランゲルハンス島航海記』(博品社) [学術書]

古書の山から発見された、帝国軍艦ゼンドー号によるランゲルハンス群島探検の記録です。無名の著者の手により克明に記された、特異な文明が発達した島々の物語は読者に新鮮な驚きをもたらします。
という調子で全力で売り込みたい本なんですけれども、そもそもランゲルハンス島がどのあたりにあるのかと言いますと膵臓ですよ。あなたの体の中にもある膵臓です。ちょうどこの記事を書いている今現在「君の膵臓をたべたい」という映画をやっているのでタイムリーなネタでもあります。
そういうわけですから徹頭徹尾でたらめの航海記ですが、同時にいわゆる探検記や航海記の鋭いパロディになっているのが大切なポイントです。未開人の住む野蛮な島々を発見したような風を装っているものの、ランゲルハンス群島の国々には大学や司法機関や病院が存在しています。地名がことごとくどこかで聞いた気がする医学用語に酷似しているのもおかしくて、しかし読んでいるとだんだん笑えなくなってくる毒が随所にあります。
著者と翻訳者の大変な苦労がしのばれるあとがきを読むとさらに味わいが深まりますが、探検記のようでいて実はまったく関係ないことを延々としゃべっているようなテキストを、目を白黒させながら読み進めるのもそれはそれで楽しいものでした。

ランゲルハンス島航海記 (博物学ドキュメント)


nice!(2) 
共通テーマ:

G・K・チェスタトン『詩人と狂人たち』(創元推理文庫) [ミステリ]

画家にして詩人である青年ガブリエル・ゲイルが奇妙な出来事を奇妙な論理で解き明かす連作集です。日常の謎と呼ぶにはあまりにもなんだかいかれていて、かといって法に触れる犯罪行為ばかりでもない、不思議な話が八つ入っています。
殺人事件や失踪事件など、ふつうの犯罪もあるにはあるんですけれども、真相はいつも突拍子もないところに着地します。それを解き明かしてしまうガブリエル・ゲイルの探偵術(とも言えないような手法)が何よりの見どころです。犯罪に至る前の、そもそも犯罪でもなさそうな事件でも彼は異様な振る舞いを見せ、後に理由が明かされすっきりと解決するお話もあります。個人的にはこちらのお話に属する感じの「ガブリエル・ゲイルの犯罪」が一番ぞっとさせられました。
ずいぶん前に読んだもののいまひとつよくわからず、今回数年ぶりに新訳で再読してようやくわかるようになった感がありますので、初めて読まれる方は意味がわからなくてもしばらく間を置いて読み返していただければと思います。ミステリっぽくない、幻想小説のような現実描写も味わい深い名品です。

詩人と狂人たち (ガブリエル・ゲイルの生涯の逸話)【新訳版】 (創元推理文庫)


nice!(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

ミュリエル・スパーク『あなたの自伝、お書きします』(河出書房新社) [海外小説]

作家志望のフラーは初めての小説に取り組むかたわら、名士たちが集う自伝協会なる団体で会員の自伝執筆を助ける仕事を得る。ところが彼女の身辺では執筆中の小説そっくりな出来事が起こり、登場人物と同じセリフを口にする人物が現れる。さらに小説を出版する話は立ち消えとなり、原稿は何ものかに盗まれて……
タイトルほど自伝は書いていません。それどころか主人公の原稿が行方不明になるあたりからミステリみたいな流れになりますがジャンルはどうでもよろしいです。主人公の周囲の人々だけでも最高に面白くて、続きが気になってしょうがないですから。ほんまもんの貴族とも俗物とも見える自伝協会の主催者を筆頭に(彼の90歳になる母親は嫌いになるのが難しい強烈な人物です)や親切な顔をしながら裏で主人公に不利益をもたらす知人友人、あやしげな経歴ぞろいの自伝協会会員たちなど……主人公自身も、おとなしく被害者になっているわけではないなかなかタフな性格の持ち主で実に頼もしいです。
作品全体が後に小説家として成功する主人公の回想の形をとっているんですけれども、今の彼女は小説を発表するあてもないし仕事探しに汲々とする大変な状況です。にもかかわらず(作中の言葉にあるとおり)二十世紀に女性であり芸術家であることの喜びにあふれた楽しい回想録です。

あなたの自伝、お書きします

nice!(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

ボンテンペッリ『鏡の前のチェス盤』(光文社古典新訳文庫) [幻想文学]

お仕置きとして閉じ込められた部屋の中、鏡に映ったチェスの駒に誘われて「鏡のこっち側」の世界に迷い込んだぼく。雄弁に物語る白の王さまをはじめとする駒たちや、かつて一度でも鏡に姿を映したことのある人々とともに不思議なできごとに巻き込まれ、元いた場所へ戻る手立てを探るが……
わたくしがボンテンペッリを知ったのは筑摩書房のアンソロジーで、おもしろい名前でおもしろい話を書く人だなぁというので印象に残っていたですが、まさか今になって新しい翻訳で読めるとは想像だにしませんでした。長生きはするものです。
鏡の向こうの世界に行ってしまう少年が主人公ですからどうしても『鏡の国のアリス』を連想してしまいますが、この主人公の冒険は当然ながらだいぶ趣が異なります。鏡の中に存在するチェスの王さまやしゃべるマネキンとの対話は、ナンセンスでありながらもどこか哲学的で読者をひやっとさせるものがあります。もともとは子ども向けのお話なんですけれども、漫画っぽくくすりと笑える挿絵に引きつけられてすらすら読んでいると、びっくりするような形で鏡の中から作者がこっちを見ているような気がするんですよ。

鏡の前のチェス盤 (古典新訳文庫)


nice!(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:
メッセージを送る