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ジャック・ヴァンス『天界の眼 切れ者キューゲルの冒険』(国書刊行会) [幻想文学]

数十億年の超未来、科学が衰退し魔法が復活した滅びゆく地球。小悪党キューゲルは秘宝目当てに〈笑う魔術師〉イウカウヌの城へ忍び込むがまんまと捕まり、天界を映し出す魔法の尖頭を探す旅に送り出されてしまう。北の地に飛ばされたキューゲルは探し物を手に入れ、どこまでも広がる危険な荒野や砂漠を越えて魔術師への復讐を果たすことができるのか?
未来の話といっても魔法が復活した世界ですからだいたいはSFというよりファンタジーです。表紙のイラストにいる、ちょっとメカっぽい乗り物に乗った美女はちゃんと登場しますのでご安心下さい。そしてこれは大切なことなので最初に言っておきたいのですが、主人公がほんとうにしょうもない小悪党です。そもそも北の果てに飛ばされてさんざん苦労するはめになるのだって、魔術師のお宝を狙ってやり替えされての自業自得ですからね。
彼が似たり寄ったりの悪党たちを相手に悪知恵をはたらかせたり、人助けをしておいしいところだけ持って行こうとしたりしながらどうにか魔術師の城へ戻ろうとする連作集で、未来世界のろくでもないやつらがぞろぞろ登場します。キューゲルが行く先々で遭遇する異様な生き物や魔法のイメージは想像力豊かでどれも楽しくちょっと怖く、でも根っこのところがろくでなしのだましあいですから難しく考えなくても楽しいピカレスク・ロマンとなっています。

天界の眼: 切れ者キューゲルの冒険 (ジャック・ヴァンス・トレジャリー)

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ステファン・グラビンスキ『狂気の巡礼』(国書刊行会) [幻想文学]

動きの悪魔』で一躍わたくしの注目を集めたステファン・グラビンスキの日本では二冊目の短篇集です。『動きの悪魔』は鉄道をテーマにした作品でまとめられていましたが、こちらはもっと幅広い怪異、心理的な恐怖をたくさん取り扱っています。
「ポーランドのラヴクラフト」、あるいはポーや夢野久作との類似点も指摘されているというお話が訳者あとがきにありますけれども、芥川龍之介の晩年みたいな得体の知れない不安感もちょっと感じました。
文章が詩的で濃密なぶん、明らかに道を踏み外してゆく主人公の心理がよけいにおそろしくてすばらしいです。どうあっても最終的に破滅に至るお話ばかりなんですけれども道筋はさまざまで、冒頭に置かれた「薔薇の丘にて」は耽美的でありながら不安な世界が一気に奈落へ落ち込むような結末でしょっぱなから痺れました。ポーともラヴクラフトとも違う作家を意識したと思われる、まるで冒険小説みたいな舞台設定を用意した「煙の集落」には驚かされましたね。

狂気の巡礼


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アルジャーノン・ブラックウッド『ウェンディゴ』(アトリエサード) [幻想文学]

カナダの森林地帯をおとずれた狩猟家たちが遭遇する怪異を描いた表題作のほか、中篇2作品をおさめたぜいたくな幻想小説集です。
表題作では森林地帯にひそむ超越的な存在が主人公たちのそばを横切り、ほんの少しだ接触してまた森の中へ消えてしまいます。あれはいったい何だったのか確かなことは誰もわからないまま、怖ろしくも美しくぞっとするものに触れてしまった印象が残ります。きっとこういう何者かは、カナダだけじゃなく日本の山や森にもいるんですよ。
同時に収録された「砂」「アーニィ卿の再生」はいずれも、エジプトの砂漠やフランスの山中で人間の理解を超えた何かが出現する儀式に立ち会うお話です。舞台となる地域や結末はそれぞれ異なるのですが、「ウェンディゴ」も含め神秘的な存在との接触を題材にとった、境界線を踏み越えてやってくるもの(もしくは踏み越えた人間が目撃するもの)の目には見えない姿が忘れがたい名作でした。
わたくし初めてブラックウッドを読んだのはもうずいぶん前で、正直なところ秘儀参入とか幻視者の夢とかよくわからなかったのですが、今回は何となく味わいがわかるような気がして成長できたような気になりました。

ウェンディゴ (ナイトランド叢書)


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L・P・デイビス『忌まわしき絆』(論創社) [幻想文学]

小学校で起きた不可解な死亡事故。担当教師だったわたしは、同じクラスの少年の奇妙なふるまいに不審を感じて独自の調査を開始する。やがて少年と同じ特徴を持つ子どもたちの存在と、彼らの誕生にまつわるおそるべき秘密が明らかになり……
ミステリっぽい導入部からどんどん超自然的なホラーになってゆくサスペンス小説です。SF要素もありますし、1964年に出た頃はジャンル分けが難しかったというのもうなずけます。ざっくりとまとまると、つまり「こわくてハラハラする話」ですね。
SFでもありホラーでもありミステリでもありますが、率直に申し上げまして真相はものすごい力業だと思います(大好きです)。そこだけ切り取るとB級ホラーなのですが、ここに至るまでにあった過去の事件が明らかになるにつれ、別の要素が入り込んでくるところが面白かったです。ネタバレになってしまうので詳しくは話せませんが、ホラー小説好きの人にピンと来るし、それ以外の人はびっくりできるひとひねりある展開でした。

忌まわしき絆 (論創海外ミステリ)


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ヴィリ・ザイデル『世界最古のもの』(沖積社) [幻想文学]

ドイツの小さな町に住む青年ハラルドは森の散策中、地中に埋まった奇妙な金属塊を発見する。それ以来奇妙な幻影を見るようになった彼のもとをある日、地質学者を名乗る中国人が訪れて……
ヨーロッパを舞台にしたなんとものどかな滑り出しながら、帯にてラヴクラフトとの類似点を指摘されている理由は読むうちにどんどんわかってきます。主人公が地中に見つけた物体の正体をめぐる展開は思いがけずSF的でもあり先が読めません。
全体を通して眺めてみると、ホフマンやエーヴェルスなどのドイツ怪奇小説の系譜につらなる作品であるなぁという印象になります。ただし本作品で語られる恐怖とそれがもたらす結果は、20世紀になって初めて意識されたものと感じました。訳者後記によるとまず1923年に発表され、1930年にごく短い「終章」だけが追加されたそうです。アルフレート・クビーンによる挿絵が、また不気味な味わいを醸し出していてよろしいです。

世界最古のもの


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東雅夫編『文豪山怪奇譚 山の怪談名作選』(山と渓谷社) [幻想文学]

この本の何がすばらしいかといいますと山と渓谷社から出たことです。それだけですべてOK語ることなし、タイトルに「山と渓谷社」と打ち込んだだけで出オチみたいな気持ちにさせてくれますが、職業がアンソロジストの東さんによるセレクトなので内容も大変濃いです。
とにかく山というのはこんなに怖いものがうろうろしている面白い場所なのか、と一篇読み終わるごとに思いました。河童ですとか山姥ですとか、既に名前がつけられている人間ではない生き物も多々登場しますけれど、一方で名付けようもない怪異や幽霊だったのかもしれないものとの出会いもあります。中勘助「夢の日記から」のような、夢の中で見た山中の出来事を淡々と短くえがいた作品もあって、すべてをひっくるめての「山怪」なんですよ。
怖さよりは不思議さが勝った泉鏡花「薬草取」から、昔話のような語り口で有りながら心底ぞっとする岡本綺堂「くろん坊」まで、山をテーマにしただけでこんなに豊かなアンソロジーが編めるものだと感服していました。編者解説にあるように、山へ連れていって読みたい一冊です。

文豪山怪奇譚 山の怪談名作選


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ワレリイ・ブリューソフ『南十字星共和国』(白水uブックス) [幻想文学]

19~20世紀のロシアで活動し、革命後もソ連に残り共産党の一員としても活躍した詩人の短篇小説集です。ロシア市民の現実によりそったお話から歴史のなかの情景を切り抜いたような作品、SF的な未来都市が登場するものまでさまざまなスタイルの作品が入っています。どれも底冷えのする暗さが身に染みます。存在の耐えられない暗さ、そして毒の強さが美しいです。ポーの作品を描いたこともある人がイラストを担当していて、これもまたすばらしいんですよ。
表題作「南十字星共和国」は南極に建設された理想都市が伝染病によって崩壊するさまを報告するルポルタージュ風の作品で、明らかに作者がなんらかのメッセージを訴えたがっているなというか、要するに説教くさいんですけれども、わたくしは破滅SFとして単純に楽しみました。他に「鏡の中」「いま、わたしが目ざめたとき……」「塔の上」など、夢と現実の境界をあいまいにする短篇が並んでいるのが印象的です。中国の有名な故事を連想させる結末でありながら読後の印象がまったく異なります。

南十字星共和国 (白水Uブックス)


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サーバン『人形つくり』(国書刊行会) [幻想文学]

サーバンというふしぎなペンネームは「語り部」を意味するペルシャ語から採られたそうです。ふたつの中篇が収録されていて、いずれもイングランドの田舎で若い女性が出会う奇妙なできごとを描いています。
どんなできごとかというと、あやしい魅力を持つ男性によって未知の世界にとらわれそうになるような、そういう危うい事件なんですね。未知の世界というのはもちろん、超自然方面にこの世の理を踏み外した場所なんですけれども。表面的には何も起こらず日々が流れてゆくのですが、わたくしはそこかしこに大変官能的な雰囲気を感じました。
うっかりそちらの世界へ踏み込んでしまって戻れなくなりかねない話ということで、昔話に登場する妖精国にさらわれて戻れなくなる男のエピソードなどを思い出すところもあります。どちらも怪奇小説と呼ぶには穏やかでのどかなシーンの目立つ、けれどじんわりと怖い中篇でした。

人形つくり (ドーキー・アーカイヴ)


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E・F・ベンスン『塔の中の部屋』(アトリエサード) [幻想文学]

英米の怪奇小説アンソロジーではちょくちょく名前を見かける気がするベンスンの短篇集です。カバーにいる不気味な老婆の肖像画はちゃんと登場しますのでご期待ください。
味つけのしっかりした料理のごとく、きっちりと怖いお話ぞろいです。その怖さがいろいろで、呪われたお屋敷にとりついた幽霊から伝説上の生き物、いかにもあやしげな魔女に説明不能な狂気とさまざまです。どういう話が得意な作家かと問われれば、怪談が得意な人というのが一番しっくりきます。
上記のように、怪談の中での細かいジャンル分けはいくらでも可能なんですけれども、種類による好みを問わず怖いお話が好きな方にはどなたにも読んでいただきたいですね。しんみりしたいい話に落ち着くことなく、さいごまでわけのわからない怖さで読者をびびらせてくれる作品が多いです。化け物がどんな形をしているのかまでは明らかになっても、原因や出自をたどる道はきれいに断ち切られてしまって探りようがない「広間のあいつ」などが特に好きです。伝統的怪談より少しモダンな作風とも思える、でもやっぱり昔なじみの”こわい話”の楽しみは損なわれていません。

塔の中の部屋 (ナイトランド叢書)


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ミハル・アイヴァス『黄金時代』(河出書房新社) [幻想文学]

かつて三年ほど滞在した大西洋に浮かぶ島を回想し、滞在記を執筆する語り手。
流れ落ちる水の中につくられた「上の町」と「下の町」、半透明の水の壁で区切られた家々、島を訪れたヨーロッパ人たちの遺産、隠れた王…やがて語り手は島にただ一冊しかない、島民たちによって自由に加筆や変更が行われる「本」の存在を知る。
大きく分けて前半がこの島についての記述、後半が語り手の出会った「本」に記された物語となっています。ただこの語り手さんも島を離れてしばらく経ちますし、いきなり最近自分の身に起きたできごとをしゃべり出したりする相当に自由な人です。読者が先を知りたがってるのはわかるけどまぁいいじゃないか、くらいの調子です。そういう島の話とは関係なさそうな部分にわたくしの一番好きなフレーズがあります。
後半で語られる島の「本」の中の物語は、昔話風のとらえどころのないオープニングから思いがけず広がりを見せます。主要な登場人物の関係者が別の物語の主人公になり、その人物が出会った別のできごとが切れ目のない語りの中で独立したストーリーとして語られ、さらにまた別の物語が立ちあがり…島に一冊きりの本はいくつものポケットを持ち、島民たちがそこにページを追加する形で自由にエピソードを挿入できるそうです。実物を手にすることはできませんが、ひとつのルートしか持たない本の形であっても、無限に増殖し寄り道を繰り返して成長する物語を体験することができました。
登場人物が語る物語の中の登場人物が語る物語の中の登場人物が語る物語の中の…という入れ子構造は千一夜物語でちょこちょこ出てきます。帯で古川日出男さんが触れてらっしゃいますけれども、まさにそんな形であらわれた物語も楽しめるとても贅沢な架空の滞在記でした。

黄金時代


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