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ハニヤ・ヤナギハラ『森の人々』(光文社) [海外小説]

南太平洋に浮かぶイヴ・イヴ島を訪れた科学者ペリーナは、森の奥深くに暮らす部族と出会い、彼らの風習から生まれた驚くべき存在と遭遇する。この発見で功績を挙げノーベル医学賞を受賞したペリーナだが、やがてそれは島と彼自身の人生に大きな代償をもたらすことに……
南の島、見たこともない奇妙な動植物、理解できない儀式、伝説に登場する亀、不死の人々など、SFのような冒険小説のようなキイワードが躍ります。ですけれどもまぁ、この夢みたいな島で楽しい日々を過ごす時間はそう長くはなく、まもなく全ては容易に想像できる崩壊の中に落ち込んでゆくんですよ。
大変面白くて先が気になる小説ですが、ひとつ書いておかないといけないのは主人公のペリーナと、彼の自伝(これが本書のメインパートです)を編集し必要に応じて注釈を行っている友人の男性があんまり好ましくない人物なんですよね。語り手がふたり揃って信用ならないことを念頭に置いた上で読む科学的大発見の物語、というスタイルでの小説です。
訳者あとがきによると、主人公の生涯についてはある実在の科学者の経歴がなぞられているそうです。科学者や研究者のありようについて、フィクションの枠に留まらず外側まで考える足がかりになるすぐれた小説でした。編者による序文とエピローグ、注釈がついた自伝に本文から削除された補遺と年表まで付した伝記らしい構成で、さいごまで全部読まないと読者としての判断は下せません。

森の人々

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A.C.ドイル、H.メルヴィルほか『クィア短編小説集』(平凡社ライブラリー) [海外小説]

『ゲイ小説短編集』の続編として意図されたアンソロジーです。そういうわけで男性同士の恋愛関係をにおわせる作品が多いですが、今回は「クィア」と冠されていますからそれだけではありません。いわゆるLGBTではくくれないqueerな、この単語が現在使われている用法の源流にある「奇妙な」「不思議な」欲望を扱った作品が精選されています。
まず冒頭の、メルヴィル(『白鯨』の人ですよ)による煙突に異常に執着する男が主人公のお話ですよ。A・C・ドイルのホームズ原典をクィア目線で読みなおす「赤毛連盟」「三人のガリデブの冒険」も解説が刺激的で新鮮です。オスカー・ワイルドの手が入ったとか入らなかったとか言われている作者不詳の「ティルニー」はまったくもって現代の官能小説と変わりなく楽しめますし。
何と言ってもさいごに配置されたジョージ・ムア「アルバート・ノッブスの人生」が必読です。19世紀のダブリン、男性のふりをして生きていたある女性のお話で、抑えた文章と決して劇的とはいえない展開にもかかわらず言葉にならないほどの衝撃を受けました。差別とか社会問題の話ももちろん含んでいるんですけれどもそういうものをいっさい踏み越えたところで、認識をぶち壊されるようなきわめてすぐれた小説でした。

クィア短編小説集: 名づけえぬ欲望の物語 (平凡社ライブラリー)


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ディーノ・ブッツァーティ『古森のひみつ』(岩波少年文庫) [海外小説]

叔父の遺産として広大な森の一部を与えられた退役軍人プローコロ大佐は、数百年間手つかずだった木々を伐採し森の生き物たちのあいだに波紋を呼び起こす。さらに大佐は、森の大部分を受け継いだ甥に不穏な視線を向けはじめ…
「水滴」「コロンブレ」「七階」など、振り上げた拳の下ろしどころに困る幻想小説でおなじみブッツァーティが児童向けのレーベルから出るとなったら気にならないわけがないじゃないですか。とはいうものの『シチリアを征服したクマ王国の物語』も子どもが読める絵本でしたし、実のところそんなに意外でもなかったです。
森の生き物や風はふつうに喋って人間と会話するし影は動き出すし、れっきとしたファンタジーなのですが「森を大事にしないと罰が当たる」みたいな明確なメッセージがあるかと考えると言葉に詰まります。森を荒らす大佐は悪役かと思えばそうでもないような面も見せますし、好き勝手にふるまう動物たちも全員がいいやつというわけではなさそうです。作者の念頭には善悪よりもまず、森が大好きな心があったのじゃないでしょうか。読み終えて振り返ると、古森の日々がなつかしくよみがえる気持ちだけが残っています。

古森のひみつ (岩波少年文庫)


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ロベルト・ボラーニョ『2666』(白水社) [海外小説]

謎の作家アルチンボルディに魅せられた国籍の異なる四人の研究者たちの物語を皮切りに、メキシコ国境付近に暮らすチリ人哲学教授、ボクシングの試合を取材しにやってきた記者、数年以上にわたって国境地帯で頻発する女性連続殺人事件を追う捜査官たち、そして作家アルチンボルディ自身の物語……パートごとにがらりと変わる全五部で構成された大長編小説です。全1冊、5センチくらいの厚さです。
読み終えて、とにかく長い長い旅をしてきたような気持ちでいっぱいです。運動もせずじっとしてページをめくっていただけのはずなのに心地良い肉体疲労を感じます。読後感が似ていると感じた小説は三島由紀夫《豊饒の海》ですね。振り返ればよくわからないまま進んだところもあり、ひたすら圧倒されながら文字を追った部分もあり、とんでもないところへ連れて来られてしまった気持ちです。
いつまで経っても姿を現さないアルチンボルディをめぐる複数の登場人物の旅はいつの間にかメキシコ国境近くの町サンタテレサに集まり、ここで起きている連続殺人事件の謎とも関わり合うことになるのですが、特にすべてがつながりはじめる第五部は圧巻でした。これは小説でないとできないこと、それも長い小説でないとできないことをやっている本です。

2666


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ミハイル・エリザーロフ『図書館大戦争』(河出書房新社) [海外小説]

ソ連崩壊後のロシア、社会主義時代の忘れられた作家グロモフの著作をめぐって戦いを繰り広げる「図書館」と「読書室」。主人公アレクセイは叔父の死をきっかけに読書室のリーダー「司書」となり、「読者」たちとともに恐るべき力を秘めたグロモフの「本」を賭けた争乱に巻き込まれてゆく…

そんなに面白そうでもない(そもそも面白いかどうかをいっさい問題にされない)無名作家による七つの「本」というのが全体の鍵となるアイテムです。これらは最初から最後まで通して読んだものに超人的な力を与え、図書室に所属する読者たちは「本」の力を借りて血みどろの戦場へと向かいます。何を言っているかわからないとお思いでしょうが、わたくしの頭だとこのくらいにしかまとめられません。
お手製の武器屋防具をまとった人々が、現代ロシアとは思えない昔ながらのルールにのっとった戦いで敵対する図書室の読者たちの頭をかち割ったりかち割られたりする戦闘もありますし、七つの「本」(複数存在するものもありますし実在を疑われているものもあります)を狙う読書室や図書室の駆け引きもあり、とにかく小説として面白いんですけれどもジャンルの説明に大変困ります。血がどばどば流れて人がばたばた脱落する作品が好きな方のアンテナには絶対にひっかかると思います。
もうひとつ外せないのは、隠れようもなくあふれているソヴィエト時代への郷愁です。このあたりは解説がとても興味深いので、現代ロシアではなくソ連が好きな方や詳しい方からのご意見をうかがいたいところです。

図書館大戦争


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呉明益『歩道橋の魔術師』(白水社エクス・リブリス) [海外小説]

20世紀後半の台北市に存在した中華商場で育った作家が、当時を知る人々の元をめぐってそれぞれのエピソードをまとめた連作短篇集です。中心となるのは商場の建物を結ぶ歩道橋の上で出会った「魔術師」の思い出なのですが、ほんの脇役として登場するだけであったりいっさい出て来ないこともあるので、やはり本当の主人公は(そこに生きる子どもたちを含めた)中華商場そのものなのでしょう。
作家の聞き書きスタイルなのでそのまま書きましたが小説なのでもちろんフィクションであり、すべてが当時あった中華商場をリアルに再現したわけではないですね。どのお話も現在では大人になったかつての中華商場の子どもたちの語る記憶ですから十分に不確かで、それがかえって夢とも現実ともつかない魔術師と商場を描き出しています。
そして本書の語り手たちはみんな今では大人ですから、もちろん現在の彼らの姿も作品中には登場するんですよね。今はなくなってしまった生活へのノスタルジーに終わらせず、そこでの出来事が21世紀の今日まで続いていることを思い出させるつくりがとてもよろしかったです。
子どもたちに手品のたねを売る魔術師とか、大人たちが便利のために一生懸命計画した作った新しい町で、そういうの全く関係なく自由に遊んでいる子どもたちは、台湾に限らず日本や世界中にいますし、昔だけじゃなく今だってどこかにいるんですよきっと。

歩道橋の魔術師 (エクス・リブリス)


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シャーリィ・ジャクスン『なんでもない一日』(創元推理文庫) [海外小説]

死後に発見された未出版作品と単行本未収録作を集成した原書から、五十四篇中の三十篇を厳選して編まれた短篇集です。作者自身による序文&エピローグに加え、エッセイ五篇を含むバラエティ豊かなラインナップです。のどかな響きのタイトルとは不似合いな不穏さ漂う表紙がすてきです。

いつでもどこでも、読めば嘘のようにテンションが下がる後味のわるさがシャーリィ・ジャクスンの魅力だと思っていますが、こちらは意外にすっきりとした味わいのものも含まれています。ただ感想には個人差がありますので、どなたでも気分を切り替えて楽しめますとはちょっと言いづらいですね。具体的にタイトルを挙げると「悪の可能性」「城の主」はすっきり枠だと感じました。「レディとの旅」「喫煙室」はブラックユーモア枠として、これは万人とは言いませんが10000人中9999人には大丈夫な作品だと思いますよ。
何ともいえずやな気分になって終わる短篇といっしょに、子ども時代もしくは子育て時代を思い出せるエッセイも五つ収録されています。あまし愉快なエピソードばかりではないはずなのですが面白く読みました。文章が面白い人は何を書いても面白いんですよ。

なんでもない一日 (シャーリイ・ジャクスン短編集) (創元推理文庫)


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パウル・シェーアバルト『セルバンテス』(沖積舎) [海外小説]

語り手の「わたし」がセルバンテス、およびその創作物に登場するドン・キホーテとサンチョ・パンサとともに世界一周旅行をするスタイルで書かれたセルバンテスの伝記です。何言ってるかわからないとお思いでしょうがわたくしもようわかりません。とにかくそういう小説なんです、ほんとうに。
もともとはドイツで1904年に刊行されたそうで、当時の代表的文学者が古典作家を論ずるシリーズだったそうです。ですからセルバンテスの生涯を振り返り作品について掘り下げる、れっきとした評伝ではあるんですけれども、それにしたって作者&登場人物にインタビューって形式は変わってますよね。
いったいどんな旅だったのかはネタバレになるので呼んでからのお楽しみに…という配慮をするのがあほらしくなるような奇想天外なスタイルで、二十世紀初頭の世界の空を駆け抜けたとしか言えません。比喩でもなんでもなくそのとおりの展開で、これは夢落ちになるんじゃないかと心配していましたがそんなことはありませんでした。そもそもセルバンテスwithドン・キホーテ主従が出現するオープニングからして突拍子もない、まさに奇想天外な冒険小説もしくはSF小説でしたよ。

セルバンテス


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ナボコフ『絶望』(光文社古典新訳文庫) [海外小説]

ベルリンで暮らすビジネスマンのぼくは、旅先で自分に瓜二つの男と出会う。仕事に行き詰まっていたぼくは、彼を身代わりにした保険金目当ての完全犯罪を計画するのだが…
主人公がことの顛末をとあるホテルでつづる形式をとったこの小説、見ての通り犯人がみずから犯行に至る経緯を語る倒叙ミステリっぽくもあります。
ありますけれどもちょっとこの人、緻密きわまりない保険金殺人をくわだてるにしてはちょっと頭のねじがゆるすぎるんじゃないかと思われる節が多々ありましてですね。しつこく尋ねてくる妻の従兄弟への愚痴とか、どうやったらそんなに自分に自信を持てるのかというレベルの大言壮語とか、やたらと突っ込みどころの多い自分語りが特徴です。
いざ殺人計画を実行に移すとなったとき、彼の脳天気な手記がどんな方向に向かうのか。「あのナボコフがミステリを書いていた!」というノリでは終わらない捻った小説でした。ミステリとナボコフが好きな方はもれなくお読みのうえ、振り上げた拳のやり場に困っていただきたいです。

絶望 (光文社古典新訳文庫)


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アイザック・バシェヴィス・シンガー『不浄の血』(河出書房新社) [海外小説]

ポーランド出身のイディッシュ語作家アイザック・バシェヴィス・シンガー(イツホク・バシェヴィス)の短篇傑作選です。全16篇、サブタイトルに傑作選とはいっているだけあって本当に傑作揃いです。ファンも知らなかった人も読まないわけにはいきません。
1904年に生まれ、35年にアメリカへ渡った後もイディッシュ語による創作を続けたシンガーの作品は東欧のユダヤ人社会に深く根ざしていて、この本にもそのころを舞台にした作品がたくさん出ています。ところがこれが田舎によくありそうなほのぼのとした事件かと思いきや、悪魔やら死からよみがえった男やらが当たり前のように登場するんですよ。ユダヤの民話の世界と東欧の現実、さらにアメリカに移った人々の姿もあらわれる、シンガーの持つさまざまな要素を凝縮した感のある濃密な一冊になっています。
日本ではなじみの薄いユダヤ人社会の少し昔ののんびりした世界をイメージして読み始めるとえらいことになりますし、かといって血なまぐさい土俗的な恐怖を期待してもいけませんね。そのまんま素直に読んで呆然として、あとから色々考えたり調べたりする楽しみのある本でした。

不浄の血 ---アイザック・バシェヴィス・シンガー傑作選


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