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ウンベルト・エーコ『ヌメロ・ゼロ』(河出書房新社) [海外小説]

新たな日刊紙の創刊を目指し、準備号となる第ゼロ号(ヌメロ・ゼロ)製作のために集められた編集者たち。じっさいには出資者の利益のためだけに考えられたこの企画の現場は、虚飾と捏造にあふれたジャーナリズムの縮図となってゆく。一方、スタッフの一人はムッソリーニの死にまつわるミステリを独自に調査し、そこからイタリア史のさまざまな事件を経て現代へとつながる陰謀説を展開するのだが……
1992年のイタリアを舞台に、当時じっさいにあった事件を絡めながら展開するフィクションです。刊行は2015年ですしそもそも編集部の人々などメインの登場人物は作者の創作ですから、特にイタリア現代史に詳しくなくても楽しめる小説です。なんたって現代日本のジャーナリズムの現場でもありそうなんですもん、こういうこと。ありそうとは言いましたがわたくしがそういうお仕事に深く関わっているわけではないので、雑誌や新聞の編集のお仕事をされている方にはぜひともお読みいただきたい小説ですね。
創刊準備号の企画を依頼され、デスクをつとめることになった主人公の目に映るおかしな編集部のやりとり、ナンセンスな喜劇だと思うと笑えるんですけれどもジャーナリズムの現場だと思うと顔が引きつります。ひとり情熱的に陰謀論を語る人物の存在が、後半でびっくりする急展開をもたらすのが効いているんですけれども、これもジャーナリズムの現場の一面と思うとまた笑えません。笑えないという時点でもう、罠にはまっている気がします。

ヌメロ・ゼロ


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アンドレ・ド・ロルド『ロルドの恐怖劇場』(ちくま文庫) [海外小説]

二十世紀初頭のパリで人気を博したグラン・ギニョル座の劇作家による短くてストレートな恐怖小説集です。全22作入り、すべてきっちりバッドエンドです。
当時のパリの生活や人々が恐れていたものがたびたび登場するので、たとえば外科手術に対する偏見はちょっとひどいのではないかとか、そういう部分も含めて興味深い短篇集です。超自然的な存在ではなく、あくまで犯罪や人間の異常心理から生まれる恐怖を取り扱っているのも特徴です。
どのページをめくっても低俗で強烈な三面記事の世界ですが、思いがけずサイコホラーの源流のような味わいやミステリと呼べそうな展開を見せる作品もあり、なかなか変化に富んでいます。もともとはお芝居の方面にいらした人なためか、短い作品でも登場人物がいきいきと動き回り、目の前にいるかのように残酷な目に遭うシーンがたくさんつまっています。一気読みすると胸焼け間違いなしの、ですけれども時々無性に食べたくなるお菓子のような本です。

ロルドの恐怖劇場 (ちくま文庫)


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E・ヘミングウェイ、W・S・モームほか『病(やまい)短編小説集』(平凡社ライブラリー) [海外小説]

タイトルに「病」と入っていますから一目瞭然です。結核、梅毒、神経衰弱、ハンセン病など、さまざまな病をテーマにした英米文学のアンソロジーです。文学的な視点から取り上げたものばかりなので医学的には必ずしも正確ではなく、病気の描写がグロテスクすぎて怖くなるようなことはそんなにないと思います。表紙はおどろおどろしいですけどね。
同じ「病(やまい)」という主題によりながら出来上がった作品はさまざまで、しんみりと感傷的なものもあればゴシックホラーに近いものもあり、夜に一人で読んだらトイレには行けないわ眠れないわの大惨事を引き起こしそうなものもあります。19~20世紀の短編が幅広く拾われていますが、現在ではすでに否定されている知識がちらほら出てくるのを、迷信と笑い飛ばすのではなく当時の価値観や空気を読み取る手がかりにできるのは小説の世界ならではの特権です。
ていねいな解説がついていて、それぞれの作品にまつわる背景や最近の研究成果についても軽く触れることができます。梅毒が父親からの遺伝と考えられていた時代ですとか、癌の手術に麻酔が用いられていなかったころの話ですとか、ほんの200年ばかり前の世界が身近になったり遠くなったりする心地です。

病(やまい)短編小説集 (平凡社ライブラリー)


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ロベルト・ボラーニョ『アメリカ大陸のナチ文学』(白水社) [海外小説]

南北アメリカ諸国やキューバなど、アメリカ諸国におけるナチ文学の作家たち30人を純文学、娯楽小説、詩、SFなどさまざまなジャンルから幅広く取り上げたの評伝です。まるで短篇小説のような数奇な運命をたどった人物もいれば、わずか1ページで記述が終わってしまう人物もいます。アメリカ大陸の歴史をひとつの方向から照らし出す小説のようでもあり、ナチ文学という特異な分野に明るくない人にも読み物として楽しめます。そういう文学は、現時点でそもそも存在しないのですが。
架空歴史小説、あるいは架空の本の書評集というジャンルがありますが(あるんですよ。本当です)、本書はその中でも特に現実の歴史とのリンクが強くにじみ出た作品です。『ナチ文学』という刺激的な表題に対して、ナチズムの具体的でショッキングな描写が特に目立つわけではないのですが、登場する作家たちの言動にどことなくおぞましさを感じることはたびたびあります。
その一方で彼らの芸術活動には圧倒されるものがあり、いえまぁ読みたいかと言われたら必ずしも好みではなさそうなのですが、確かに価値はあったのだろうと思いました。巻末の「書籍」一覧に呆然としましょう。

アメリカ大陸のナチ文学 (ボラーニョ・コレクション)


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ハニヤ・ヤナギハラ『森の人々』(光文社) [海外小説]

南太平洋に浮かぶイヴ・イヴ島を訪れた科学者ペリーナは、森の奥深くに暮らす部族と出会い、彼らの風習から生まれた驚くべき存在と遭遇する。この発見で功績を挙げノーベル医学賞を受賞したペリーナだが、やがてそれは島と彼自身の人生に大きな代償をもたらすことに……
南の島、見たこともない奇妙な動植物、理解できない儀式、伝説に登場する亀、不死の人々など、SFのような冒険小説のようなキイワードが躍ります。ですけれどもまぁ、この夢みたいな島で楽しい日々を過ごす時間はそう長くはなく、まもなく全ては容易に想像できる崩壊の中に落ち込んでゆくんですよ。
大変面白くて先が気になる小説ですが、ひとつ書いておかないといけないのは主人公のペリーナと、彼の自伝(これが本書のメインパートです)を編集し必要に応じて注釈を行っている友人の男性があんまり好ましくない人物なんですよね。語り手がふたり揃って信用ならないことを念頭に置いた上で読む科学的大発見の物語、というスタイルでの小説です。
訳者あとがきによると、主人公の生涯についてはある実在の科学者の経歴がなぞられているそうです。科学者や研究者のありようについて、フィクションの枠に留まらず外側まで考える足がかりになるすぐれた小説でした。編者による序文とエピローグ、注釈がついた自伝に本文から削除された補遺と年表まで付した伝記らしい構成で、さいごまで全部読まないと読者としての判断は下せません。

森の人々

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A.C.ドイル、H.メルヴィルほか『クィア短編小説集』(平凡社ライブラリー) [海外小説]

『ゲイ小説短編集』の続編として意図されたアンソロジーです。そういうわけで男性同士の恋愛関係をにおわせる作品が多いですが、今回は「クィア」と冠されていますからそれだけではありません。いわゆるLGBTではくくれないqueerな、この単語が現在使われている用法の源流にある「奇妙な」「不思議な」欲望を扱った作品が精選されています。
まず冒頭の、メルヴィル(『白鯨』の人ですよ)による煙突に異常に執着する男が主人公のお話ですよ。A・C・ドイルのホームズ原典をクィア目線で読みなおす「赤毛連盟」「三人のガリデブの冒険」も解説が刺激的で新鮮です。オスカー・ワイルドの手が入ったとか入らなかったとか言われている作者不詳の「ティルニー」はまったくもって現代の官能小説と変わりなく楽しめますし。
何と言ってもさいごに配置されたジョージ・ムア「アルバート・ノッブスの人生」が必読です。19世紀のダブリン、男性のふりをして生きていたある女性のお話で、抑えた文章と決して劇的とはいえない展開にもかかわらず言葉にならないほどの衝撃を受けました。差別とか社会問題の話ももちろん含んでいるんですけれどもそういうものをいっさい踏み越えたところで、認識をぶち壊されるようなきわめてすぐれた小説でした。

クィア短編小説集: 名づけえぬ欲望の物語 (平凡社ライブラリー)


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ディーノ・ブッツァーティ『古森のひみつ』(岩波少年文庫) [海外小説]

叔父の遺産として広大な森の一部を与えられた退役軍人プローコロ大佐は、数百年間手つかずだった木々を伐採し森の生き物たちのあいだに波紋を呼び起こす。さらに大佐は、森の大部分を受け継いだ甥に不穏な視線を向けはじめ…
「水滴」「コロンブレ」「七階」など、振り上げた拳の下ろしどころに困る幻想小説でおなじみブッツァーティが児童向けのレーベルから出るとなったら気にならないわけがないじゃないですか。とはいうものの『シチリアを征服したクマ王国の物語』も子どもが読める絵本でしたし、実のところそんなに意外でもなかったです。
森の生き物や風はふつうに喋って人間と会話するし影は動き出すし、れっきとしたファンタジーなのですが「森を大事にしないと罰が当たる」みたいな明確なメッセージがあるかと考えると言葉に詰まります。森を荒らす大佐は悪役かと思えばそうでもないような面も見せますし、好き勝手にふるまう動物たちも全員がいいやつというわけではなさそうです。作者の念頭には善悪よりもまず、森が大好きな心があったのじゃないでしょうか。読み終えて振り返ると、古森の日々がなつかしくよみがえる気持ちだけが残っています。

古森のひみつ (岩波少年文庫)


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ロベルト・ボラーニョ『2666』(白水社) [海外小説]

謎の作家アルチンボルディに魅せられた国籍の異なる四人の研究者たちの物語を皮切りに、メキシコ国境付近に暮らすチリ人哲学教授、ボクシングの試合を取材しにやってきた記者、数年以上にわたって国境地帯で頻発する女性連続殺人事件を追う捜査官たち、そして作家アルチンボルディ自身の物語……パートごとにがらりと変わる全五部で構成された大長編小説です。全1冊、5センチくらいの厚さです。
読み終えて、とにかく長い長い旅をしてきたような気持ちでいっぱいです。運動もせずじっとしてページをめくっていただけのはずなのに心地良い肉体疲労を感じます。読後感が似ていると感じた小説は三島由紀夫《豊饒の海》ですね。振り返ればよくわからないまま進んだところもあり、ひたすら圧倒されながら文字を追った部分もあり、とんでもないところへ連れて来られてしまった気持ちです。
いつまで経っても姿を現さないアルチンボルディをめぐる複数の登場人物の旅はいつの間にかメキシコ国境近くの町サンタテレサに集まり、ここで起きている連続殺人事件の謎とも関わり合うことになるのですが、特にすべてがつながりはじめる第五部は圧巻でした。これは小説でないとできないこと、それも長い小説でないとできないことをやっている本です。

2666


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ミハイル・エリザーロフ『図書館大戦争』(河出書房新社) [海外小説]

ソ連崩壊後のロシア、社会主義時代の忘れられた作家グロモフの著作をめぐって戦いを繰り広げる「図書館」と「読書室」。主人公アレクセイは叔父の死をきっかけに読書室のリーダー「司書」となり、「読者」たちとともに恐るべき力を秘めたグロモフの「本」を賭けた争乱に巻き込まれてゆく…

そんなに面白そうでもない(そもそも面白いかどうかをいっさい問題にされない)無名作家による七つの「本」というのが全体の鍵となるアイテムです。これらは最初から最後まで通して読んだものに超人的な力を与え、図書室に所属する読者たちは「本」の力を借りて血みどろの戦場へと向かいます。何を言っているかわからないとお思いでしょうが、わたくしの頭だとこのくらいにしかまとめられません。
お手製の武器屋防具をまとった人々が、現代ロシアとは思えない昔ながらのルールにのっとった戦いで敵対する図書室の読者たちの頭をかち割ったりかち割られたりする戦闘もありますし、七つの「本」(複数存在するものもありますし実在を疑われているものもあります)を狙う読書室や図書室の駆け引きもあり、とにかく小説として面白いんですけれどもジャンルの説明に大変困ります。血がどばどば流れて人がばたばた脱落する作品が好きな方のアンテナには絶対にひっかかると思います。
もうひとつ外せないのは、隠れようもなくあふれているソヴィエト時代への郷愁です。このあたりは解説がとても興味深いので、現代ロシアではなくソ連が好きな方や詳しい方からのご意見をうかがいたいところです。

図書館大戦争


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呉明益『歩道橋の魔術師』(白水社エクス・リブリス) [海外小説]

20世紀後半の台北市に存在した中華商場で育った作家が、当時を知る人々の元をめぐってそれぞれのエピソードをまとめた連作短篇集です。中心となるのは商場の建物を結ぶ歩道橋の上で出会った「魔術師」の思い出なのですが、ほんの脇役として登場するだけであったりいっさい出て来ないこともあるので、やはり本当の主人公は(そこに生きる子どもたちを含めた)中華商場そのものなのでしょう。
作家の聞き書きスタイルなのでそのまま書きましたが小説なのでもちろんフィクションであり、すべてが当時あった中華商場をリアルに再現したわけではないですね。どのお話も現在では大人になったかつての中華商場の子どもたちの語る記憶ですから十分に不確かで、それがかえって夢とも現実ともつかない魔術師と商場を描き出しています。
そして本書の語り手たちはみんな今では大人ですから、もちろん現在の彼らの姿も作品中には登場するんですよね。今はなくなってしまった生活へのノスタルジーに終わらせず、そこでの出来事が21世紀の今日まで続いていることを思い出させるつくりがとてもよろしかったです。
子どもたちに手品のたねを売る魔術師とか、大人たちが便利のために一生懸命計画した作った新しい町で、そういうの全く関係なく自由に遊んでいる子どもたちは、台湾に限らず日本や世界中にいますし、昔だけじゃなく今だってどこかにいるんですよきっと。

歩道橋の魔術師 (エクス・リブリス)


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