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獅子文六『七時間半』(ちくま文庫) [国内小説]

東京-大阪間を七時間半で往復する特急「ちどり」を舞台に描かれる、乗務員たちと乗客たちそれぞれの思惑が交差する人間模様。
食堂車で働くウェイトレスと、彼女にプロポーズの返答を迫られるコック助手の青年、三人の男から好意を寄せられる客室乗務員の美女の出番が多めですが、走行中の列車内で起きるハプニングは恋愛がらみだけとは限りません。食堂車に居座る迷惑な酔っぱらい、熱海で乗り込んでくる謎の美女、三号車の首相とその警備員たちなど、いるだけで不穏になる乗客たちに加え、後半では時限爆弾の噂まで飛び交うスリリングな展開が待っています。
それはそれとして、長距離特急は何ごともなく無事に運行されているだけでもなかなか緊張感があると思うわけです。
東京を出発して横浜、熱海、浜名湖、名古屋、関ヶ原、米原、京都そして大阪とだいたい今の東海道新幹線と同じルートをたどりながら、食堂車や社内サービスの裏側が乗務員目線で語られるのがこの作品のもうひとつの楽しいところです。こっちだけでもいつまででも見ていたくなる面白さなのですが、七時間半が終われば特急ちどりは嫌でも大阪駅に到着、今回の東京-大阪間の物語は幕を閉じる、そういう思い切りのよい小説でもありました。

七時間半 (ちくま文庫)


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吉村昭『高熱隧道』(新潮文庫) [国内小説]

昭和11年8月に着工され、昭和15年11月に完成した黒部第三発電所建設工事を題材にした小説です。工事過程は実際の資料にもとづきながらフィクションをまじえ、登場人物については作者の創作によるフィクションになっています。どのくらい脚色されているかは少し検索すれば出てきますけれども、思っていたより創作ではない部分の大きかったことに震える思いがしました。
トンネルが無事開通するシーンにちっともカタルシスがなくて、それゆえに大変な名作だと感じました。両側から掘り進めた坑道の食いちがいが横に1.7cmしかなかったことを褒め称えるよりも先に、岩盤温度摂氏160度超という数次に殴り倒されて言葉が出てきません。数字と言えば、全編にやんわりとのしかかるのは昭和11年という時代も過酷な工事をおしすすめた原動力のひとつであり、感動的な読み方を許しません。
何よりすばらしいのは、人間側がついつい「これほどまでに人間の挑戦を拒む自然に何らかの大いなる意思の存在を感じずにはいられない」などと言いたくなるんですけれども、おそらく自然さんサイドはまったく気にせずご自分の都合で雪崩を起こしたり地熱を急上昇させたりしていらっしゃると思われるところですね。擬人化すら受け付けないものを相手にいくら一生懸命やっても、もう戦いなんて呼べるものじゃないんですよ。
テーマを見ると「少女架刑」などの繊細な作風とは一線を画する吉村さんの別のお顔のようですが、
事故の犠牲者と向きあう技師を見ている人を描写する目線や、重苦しいトーンで結ばれたあとのさいごの段落を読むと、人間の体の外側で起きる現象をひたすら見つめるところは同じ人の小説だと思いました。

高熱隧道 (新潮文庫)

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橋本治『愛の矢車草』(ちくま文庫) [国内小説]

一般的なイメージよりちょっとずれた愛をテーマにした四つの短篇です。主に恋愛に近い四つの愛が出てくる分けですけれども、なるほど普通のテレビドラマなどではなかなかお目にかかれない光景ばかりです。
詳細な自作解説「私の習作時代」によれば、それぞれに明確なコンセプトを設定したうえで書かれたそうです。そのまま頭から読んで面白いのはもちろん、ここを意識して読んでから解説に進むと一歩踏み込んだ楽しみ方ができます。
なんせ短いのでちょっとしゃべるとすぐネタバレになってしまいますがとにかくちょっと変わった愛に触れた人々のお話なので、彼らがその後幸せになったかどうかはわかりませんが、奇妙ながらも読後感はさっぱりすっきりとしています。特異な(ようでいて、案外そうでもないかもしれない)シチュエーションに身を置きつつも日常的でさらりとした筆致がすてきなお話もありますし、逆に特定のジャンルを意識して凝りまくった文体を採用したものもあります。派手な題材を引っ張ってきつつ、小説の面白さを追求することが置きっ放しになっていないからですかね。

愛の矢車草―橋本治短篇小説コレクション (ちくま文庫)

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桑原水菜『弥次喜多化かし道中』(講談社文庫) [国内小説]

武蔵国の名もなき社で毎年行われるきつねとたぬきの化け相撲。負けたほうは生け贄となるこの祭りの代表に選ばれたきつねの弥次郎兵衛とたぬきの喜多八は、ひそかに手を組んで勝負の場から抜け出し、それぞれの事情を抱えてお伊勢参りの旅に出る…
もっぱらヤングアダルト小説の分野で(ライトノベルという言葉が一般的でなかった頃から)名高い作家さんの、わたくしが初めて読む作品がこちらになります。代表作をきれいにすっ飛ばしてしまったわけですが、面白いものを書く人は何を書いても面白いので何ら問題はありません。
「きつねとたぬきの化かし合い」が慣用句でもなんでもなく実際に風習として続いている武蔵国からつれだってお伊勢参りをするのが、何の因果かあの二人と同じ名前を持つコンビですよ。しかも時代はどうやら江戸時代末期、そろそろ世の中がざわざわしてくる頃です。
歴史上の人物をまじえて思いがけない捕り物を演じたり、小田原宿では謎解きに巻き込まれたり、雰囲気がテレビの時代物のシリーズそのものでした。ほんものの時代劇(実写)を見ているように頭の中で上映されましたよ。
今回は箱根までたどりついたところでおしまいですが、この調子で無事伊勢までたどりつけるのか、彼らの目的は成就されるのかを心待ちにさせていただきます。

弥次喜多化かし道中 (講談社文庫)

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高原英理『リテラリーゴシック・イン・ジャパン 文学的ゴシック作品選』(ちくま文庫) [国内小説]

著者の提唱する「文学的ゴシック」に属する作品を集めた、言ってみれば理論の実践となるアンソロジーです。わたくしの好きな、近代ヨーロッパで隆盛したゴシックロマンスとはまた別です。ゴシックという概念から出発して現代の作品を集めるさいのキイワードは「不穏」ということで怖い話と暗い話が多めのようですが、かと思うと突き抜けて明るい世界が急に広がったりしているんですよ。
とりあえずこうしたショーケースについては、説明するより覗いてみるのが一番です。読んでみて、何となく編者の言いたいことがつかめたり、好きな作品がいくつか見つかったらそれでもう文学的ゴシックを肌で理解したも同じです。で、「ここはあの作品を入れるべき」「あの作家もこの中に並べていいのでは」とまで考えたら、十分に楽しんだと言えるのではないでしょうか。わたくしは芥川龍之介のいくつかの作品を置いてみても良いのじゃないかと思いました。

個人的な印象の話をすると、昔ながらのゴシックロマンスで大事なのは閉塞感と逃げ場のなさだと勝手に考えていました。古城の地下牢とか不気味な屋敷、あるいは運命の手の中から逃れられない人々の物語だと思っているですが、20世紀を経て21世紀に入り、時間や空間など外部からのはたらきかけではなく、人間の精神から逃れられない時代に入ったのかという感想を持ちました。
もっぱら小説としてのゴシック形式ばかり楽しんでいたのでこんな調子ですが、コスチュームとか建築のゴシックに通じていれば別の視点からの楽しみ方が出来そうです。周辺を勉強したくなる本ですね。

リテラリーゴシック・イン・ジャパン: 文学的ゴシック作品選 (ちくま文庫)


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久生十蘭『内地へよろしく』(河出文庫) [国内小説]

海軍報道班員として南方に向かった松久三十郎は、羅針盤も六分儀もない機船に同乗し、容赦ない爆撃にさらされる小さな分遣隊に合流する。間もなく内地へと戻り、慰問の手紙をきっかけに知った女性の縁組に首を突っ込み、銃後で繰り広げられる人生の悲喜こもごもを知り、やがてふたたび南方へ…
京都のどこかの庭のせせらぎを楽しむ夢を見ていたら船長の小便の音だった、そんな船旅から始まる戦地の暮らしですよ。海の底を歩いて敵陣まで行って帰ってくる船乗りやら、兵隊が卵から抱いて孵した鶏やら、命がけでやっってる一方でどうやっても笑ってしまうような人たちがどんんどん登場します。天災のように降り注ぐ爆弾とラブコメが同列に語られるあたり、いっさいの思想を拒む面白さがありますね。
悲惨で楽しくて馬鹿馬鹿しい、これも戦争の一つの顔です。こんないい人たちがみんな死んでしまうのかと思って悲しくなるのも、非常事態を経験するうちにダメ男が真っ当で前途有望な青年に成長するのも。

1944年7~12月にかけての雑誌連載で、現実の戦況として明らかに日本が不利になりつつあった時期に書かれているわけです。そういう話も作中に登場しますが、時局がどうなっていようともこの小説の世界の人々は純粋に笑っていますし、場合によってはほろりとなりますし、何をやってるんだと突っ込みたくなります。
戦後に発表された「風流旅情記」にて、あっさりと前線を離脱した報道班の主人公とは趣が異なります。実際に報道班員として従軍経験を持つ、当時の日本人の見た南方小説です。

内地へよろしく (河出文庫)

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佐藤哲也『下りの船』(早川書房) [国内小説]

荒廃した大地で細々と暮らす人々は、ある日慣れ親しんだ土地から追い立てた玲、巨大な船で別の惑星へ送り込まれる。新天地で営まれるのは変わることのない人の暮らし、そしてまた新たな船が岸を離れて…
そうやって別の星へ移住した少年を画面の中心で追いかけながら、彼と関係のある人物やない人物の情景をワンシーンずつ切り取りながら進む長篇小説です。別の星へ行く未来(?)の話なのでSFといえばSFですが、未来的なものはほとんど登場しません。
どこをとってみても、実体験なり映画や小説なりで見たおぼえのあるエピソードなんですよ。それでいて全然ありきたりじゃなく、読んでいて続きが気になってしょうがない作品になっている、これはすごいことじゃありませんか。結末まで見えているような気がするのに最後まで読まずにいられませんでした。見たこともない世界のはずなのに懐かしくて、ああこれは今までに世界のどこかで起きたことのあるできごとだろうなと感じて、ちょっと怖くなった場面は数が知れません。
とにかく色んなものが入っています。古い映画もあればミステリもあり、戦記ものもあればプロレタリア文学もありますしもちろんSFもあります。
ページは存在しませんけれども、この本が終わった後には際限なく歴史が続いてるはずですよ。

下りの船 (想像力の文学)


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中野美代子『ザナドゥーへの道』(青土社) [国内小説]

元帝国の夏の都にして、後に楽園の代名詞となったザナドゥー探索をテーマに、時代と場所を自由に行き来しながら、歴史に名を刻む人々のエピソードをつづった全12編の連作短篇集です。
各章の主要人物が記されたもくじを眺めてみてもおおかたが知らない名前ばかり、誰でもわかる大事件がたくさん起きるわけでもない地味な展開で、それなのに面白いんですよ。淡々と語るだけで物語になる歴史と、淡々と語るだけで歴史を物語にしてしまう声の合わせ技です。わたくしは中野さんの文体がたまらなく好きなんです。
ウラジオストクからイタリア、さらに南海まで、各話ごとに予想外の地点へジャンプしながらも、時空を越えて思いがけない人物のつながりが見いだされるのも、本書の語りにおける楽しみのひとつです。
ときには中野さんにとっておなじみの、そして多くの読者もどこかで出会ったことがあるキャラクターがゲスト出演していて、シルクロードの懐の深さがうかがわれます。もくじに知人がいなくても、歴史をかじった人ならよく知る名前は意外なところでどんどん出てきますからね、油断してちゃいけませんよ。

ザナドゥーへの道

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埴谷雄高『死霊〔全3巻〕』(講談社文芸文庫) [国内小説]

郊外の風癲病院を訪れた青年三輪与志、ある日発狂して以来言葉を発することがなくなった矢場徹吾、矢場と同じ病院を出て間もない与志の兄高志、彼ら全員と関わりを持つ神出鬼没の首猛夫。主にこの4人が入れ替わり立ち替わり登場し、それぞれの思想を語る数日間のドラマです。肩書きとしては形而上学小説ということなんですけれども、個人的な印象としましてはほぼ幻想小説です。どう考えても常人には見えてはいけないものが、当たり前のように向こうから歩いてきますからね。
かつて三輪与志と矢場の学友だった黒川建吉、学生時代の彼らとかかわった謎の少女、与志の婚約者の津田安寿子とその両親、精神病院に預けられた二人の少女と医師の岸博士など、三輪家の兄弟を取り巻く人々も魅力的です。霧に覆われた街やら古風な精神病院やら秘密の工場やらのどかな川下りやら、陰々滅々と喋っているだけかと思いきや意外に場面が推移するのもいいです。
どこを取ってもひかれる道具立ての中で彼らがやっていることは、いくら考えても答えの出ないおそろしい疑問です。そりゃこんなことばかり考えていたら病院送りが続発するだろう、という重さの。

思いの外面白く読めた、というと「予想よりましだった」と聞こえてしまうかもしれないので率直に申し上げますと、間違いなく面白かったです。登場人物がみんな強烈に個性的で忘れがたいんですよ。シリアスな小説かと思っていると津田夫人みたいな笑いどころもちゃんと用意されていますし、脇役かと思われた人物が後のシーンで重要な役割を担うこともあり、キャラクター重視で小説を楽しむ人には特に向いています。

彼らがずっと喋っていることは確かに厄介な問題なんですけれども、特定の分野でしか通用しない専門用語もなく、誰にとってもある意味では身近(大きすぎて普段は誰も考えないだけで)なテーマです。取っつきにくいように感じるかもしれませんが、たいていの人はこの小説を手強いと感じるでしょうから、スタートラインはどなたも同じです。
ミステリのような部分もありますし、タイトルと著者名に恐れをなして敬遠しているのはもったいないですよ。
とは言うものの、全く知らずにいた人に熱烈におすすめしたいかというと、それもちょっと怖い本ではあります。

非常に残念なことは、明らかに未完で終わってしまっていることです。第9章でいきなり新しい人物(?)が姿を見せたと思ったら、意外な人の口から鋭い反撃が飛び出して、そこでおしまいですよ。
もっと若いときにこの本を読んでいたら、間違いなくとりつかれて人生が狂っていました。かといって年を取ってから読むには遅すぎる本なんですけれども、やはりある程度大人になってから読んで「もっと若いときに出会いたかった/出会わなくて良かった」と思うための小説です。

死霊(1) (講談社文芸文庫) 死霊(2) (講談社文芸文庫) 死霊(3) (講談社文芸文庫)

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山口雅也『狩場(カリヴァ)最悪の航海記』(文藝春秋) [国内小説]

旅行記で名高いかの船医ガリヴァーがかつて日本に立ち寄ったことはよく知られていますが、そこで自分とよく似た名前を持つ日本人と出会って冒険を共にした経緯を語る『ガリヴァー旅行記』の続編です。もちろん件の旅行記はフィクションですから、この原稿もフィクションのはずなのですが…
ガリヴァーの知られざる冒険を語る形式をとり、がっつり『ガリヴァー旅行記』をなぞったパロディです。編纂者による注解も充実していて、18世紀英国人の目に映った日本のありようを理解する一助となってくれます…と言いたいのですが、どう考えてもおかしな注がちょこちょこ紛れ込んでいる気配がぷんぷんして油断できません。信用できない語り手と信用できない編者による夢のコラボレーションですよ。巻末に付された発行者による覚書も、うさんくささを倍増させています。
なんて思ってがっつり眉に唾を塗りたくりながら読んでいるとちゃんとした注もあるから困ってしまいます。八重洲という地名の由来については、これは絶対でまかせだろうと思って軽くネットで調べたらどうも本当らしくて、心の中で山口さんにお詫びしました。疑ってすみませんでした。

ガリヴァー旅行記のパロディであり、近代を背景にしたSFとしての続編であり、作品そのものの成り立ちはミステリとしての考察も可能で、何ともとらえどころのないおもしろ小説です。著者名だけ見てミステリだと決め込んで読んだわたくしは見事に呆気にとられたので、これから手に取る方には何も考えずに読むことをおすすめします。

狩場最悪の航海記 (文春文庫)

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