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久生十蘭『魔都』(創元推理文庫) [ミステリ]

大晦日の東京の夜、夕陽新聞記者の古市加十は日比谷公園の鶴の噴水が唄うという奇妙な噂を耳にする。それをきっかけに知り合った来日中の安南国皇帝は行方をくらまし、さらに彼が持ち込んだとされる宝石をめぐる駆け引きが浮上して……
昭和九年の大晦日から一月二日未明、わずか三日間の東京を駆け抜ける長篇ミステリです。とはいえ明確に指名される犯人を追及するというより、探偵役をつとめる警視庁の眞名古明警視が対決するのはタイトルにもなっている「魔都」東京そのものという趣です。登場早々『レ・ミゼラブル』のジャヴェルそっくりと言われるこの警視と、冒頭で出てきたいかにもぱっとしない記者古市氏の名コンビでみごと事件を解決、という展開には最初に申し上げておきますがならないです。
安南国皇帝の愛人墜死事件、ダイヤモンド行方不明事件、噴水の鶴の歌事件と山積みの問題を前に、辞職願を懐に必死の捜査を続ける眞名古も特ダネを狙う加十も警察もやくざもその他の関係者たちも、みんなして無秩序に大きくなってゆく事件に引きずり回されていただけでは、と読み終えて振り返ると思います。1936年発表の、現実のきなくささをも匂わせる帝都の狂騒に読者もまた巻き込まれ、戻ってこられなくなりそうな都市小説でした。

魔都 (創元推理文庫)


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福永武彦『風のかたみ』(河出文庫) [国内小説]

信濃から都へ上った大伴の次郎信親は、かつて中納言に愛された叔母の忘れ形見の姫君に思いを寄せる。都を騒がす正体不明の盗賊不動丸もまた姫君を付け狙うが、姫君はただ一度だけ出会った貴公子を忘れられず……
「今昔物語」のなかのいくつかのエピソードを題材にした王朝ロマンです。上記のような男女の恋が絡まり合い、さらに幾人かの登場人物たちの思惑が交錯したストーリーで一気に読み終えました。おもしろくて読みやすくてしかも文章が格調高い、どこにも隙がありません。あまり読まないジャンルなので時間がかかるかと思っていたらまったくそんなことはなく、先が気になってページをめくっていたらもう読了していました。
導入部分から登場する陰陽道の修行を積んだ法師、次郎と関わりを持つ笛師とその娘、都の治安を守る検非違使の尉など、王朝ものの雰囲気を盛り上げるキャラクターも魅力的です。姫君との恋を諦めようとする貴族の青年が、あまり悪いふうに描かれていないのがよろしいですね。幸せな話ではないのですが、オープニングと呼応するようなものさびしいラストシーンまで、平安時代終わりかけごろの空気をまとった小説でした。

風のかたみ (河出文庫)


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ノイロニムス・N・フリーゼル『ランゲルハンス島航海記』(博品社) [学術書]

古書の山から発見された、帝国軍艦ゼンドー号によるランゲルハンス群島探検の記録です。無名の著者の手により克明に記された、特異な文明が発達した島々の物語は読者に新鮮な驚きをもたらします。
という調子で全力で売り込みたい本なんですけれども、そもそもランゲルハンス島がどのあたりにあるのかと言いますと膵臓ですよ。あなたの体の中にもある膵臓です。ちょうどこの記事を書いている今現在「君の膵臓をたべたい」という映画をやっているのでタイムリーなネタでもあります。
そういうわけですから徹頭徹尾でたらめの航海記ですが、同時にいわゆる探検記や航海記の鋭いパロディになっているのが大切なポイントです。未開人の住む野蛮な島々を発見したような風を装っているものの、ランゲルハンス群島の国々には大学や司法機関や病院が存在しています。地名がことごとくどこかで聞いた気がする医学用語に酷似しているのもおかしくて、しかし読んでいるとだんだん笑えなくなってくる毒が随所にあります。
著者と翻訳者の大変な苦労がしのばれるあとがきを読むとさらに味わいが深まりますが、探検記のようでいて実はまったく関係ないことを延々としゃべっているようなテキストを、目を白黒させながら読み進めるのもそれはそれで楽しいものでした。

ランゲルハンス島航海記 (博物学ドキュメント)


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G・K・チェスタトン『詩人と狂人たち』(創元推理文庫) [ミステリ]

画家にして詩人である青年ガブリエル・ゲイルが奇妙な出来事を奇妙な論理で解き明かす連作集です。日常の謎と呼ぶにはあまりにもなんだかいかれていて、かといって法に触れる犯罪行為ばかりでもない、不思議な話が八つ入っています。
殺人事件や失踪事件など、ふつうの犯罪もあるにはあるんですけれども、真相はいつも突拍子もないところに着地します。それを解き明かしてしまうガブリエル・ゲイルの探偵術(とも言えないような手法)が何よりの見どころです。犯罪に至る前の、そもそも犯罪でもなさそうな事件でも彼は異様な振る舞いを見せ、後に理由が明かされすっきりと解決するお話もあります。個人的にはこちらのお話に属する感じの「ガブリエル・ゲイルの犯罪」が一番ぞっとさせられました。
ずいぶん前に読んだもののいまひとつよくわからず、今回数年ぶりに新訳で再読してようやくわかるようになった感がありますので、初めて読まれる方は意味がわからなくてもしばらく間を置いて読み返していただければと思います。ミステリっぽくない、幻想小説のような現実描写も味わい深い名品です。

詩人と狂人たち (ガブリエル・ゲイルの生涯の逸話)【新訳版】 (創元推理文庫)


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ミュリエル・スパーク『あなたの自伝、お書きします』(河出書房新社) [海外小説]

作家志望のフラーは初めての小説に取り組むかたわら、名士たちが集う自伝協会なる団体で会員の自伝執筆を助ける仕事を得る。ところが彼女の身辺では執筆中の小説そっくりな出来事が起こり、登場人物と同じセリフを口にする人物が現れる。さらに小説を出版する話は立ち消えとなり、原稿は何ものかに盗まれて……
タイトルほど自伝は書いていません。それどころか主人公の原稿が行方不明になるあたりからミステリみたいな流れになりますがジャンルはどうでもよろしいです。主人公の周囲の人々だけでも最高に面白くて、続きが気になってしょうがないですから。ほんまもんの貴族とも俗物とも見える自伝協会の主催者を筆頭に(彼の90歳になる母親は嫌いになるのが難しい強烈な人物です)や親切な顔をしながら裏で主人公に不利益をもたらす知人友人、あやしげな経歴ぞろいの自伝協会会員たちなど……主人公自身も、おとなしく被害者になっているわけではないなかなかタフな性格の持ち主で実に頼もしいです。
作品全体が後に小説家として成功する主人公の回想の形をとっているんですけれども、今の彼女は小説を発表するあてもないし仕事探しに汲々とする大変な状況です。にもかかわらず(作中の言葉にあるとおり)二十世紀に女性であり芸術家であることの喜びにあふれた楽しい回想録です。

あなたの自伝、お書きします

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ボンテンペッリ『鏡の前のチェス盤』(光文社古典新訳文庫) [幻想文学]

お仕置きとして閉じ込められた部屋の中、鏡に映ったチェスの駒に誘われて「鏡のこっち側」の世界に迷い込んだぼく。雄弁に物語る白の王さまをはじめとする駒たちや、かつて一度でも鏡に姿を映したことのある人々とともに不思議なできごとに巻き込まれ、元いた場所へ戻る手立てを探るが……
わたくしがボンテンペッリを知ったのは筑摩書房のアンソロジーで、おもしろい名前でおもしろい話を書く人だなぁというので印象に残っていたですが、まさか今になって新しい翻訳で読めるとは想像だにしませんでした。長生きはするものです。
鏡の向こうの世界に行ってしまう少年が主人公ですからどうしても『鏡の国のアリス』を連想してしまいますが、この主人公の冒険は当然ながらだいぶ趣が異なります。鏡の中に存在するチェスの王さまやしゃべるマネキンとの対話は、ナンセンスでありながらもどこか哲学的で読者をひやっとさせるものがあります。もともとは子ども向けのお話なんですけれども、漫画っぽくくすりと笑える挿絵に引きつけられてすらすら読んでいると、びっくりするような形で鏡の中から作者がこっちを見ているような気がするんですよ。

鏡の前のチェス盤 (古典新訳文庫)


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奈良 西大寺展(~9/24) [美術鑑賞]

あべのハルカス美術館の「奈良 西大寺展 叡尊と一門の名宝」に行ってきました。
西大寺ほか奈良の寺院にある鎌倉時代の仏像がメイン、前期後期でなかなかの数の展示が入れ替えされます。このあたりのお寺は名前もよく聞きますし行ったことのある場所もあるので、思いがけず身近なところから素敵なものを見せていただいた気持ちです。
わたくしは鎌倉期の仏像だけでなく人物の彫像も大好きなのですが、複数のバージョンで展示されていた興正菩薩坐像(中興の祖・叡尊)がいずれも見事でした。当時の人々に大変尊敬されていたことも伝わってきますしご本人の顔立ちも立体でよくわかります。とにかく眉毛が長くて見事にハの字にたれていたことが伝わってきました。
また、浄瑠璃寺の吉祥天立像もこの世のものでないように美しくてすばらしかったのですが、大阪会場8/6で公開終了とのことですので今後別のところで見られる機会を待って下さい。
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宝刀展VI 伝説の太刀 髭切(~8/31) [美術鑑賞]

北野天満宮の「宝刀展VI 伝説の太刀 髭切」を見てきました。受験のときにお参りしたことがないので初めての天神さんです。生涯の夢のひとつ「天神さんに行きたい」を達成しました。
さて、なんで神社にそんなにたくさん、展覧会が6回できるほど刀があるかというと奉納されるからですね。こちらは千年以上も続いている神社ですからいろんな人が持ってきた刀があるわけで、いちいちエピソードに説得力があります。たとえば今回の目玉になっているのは渡辺綱が鬼の腕を切り落とした刀ですよ。他にもいかにも切れそうな伝説のある刀が並んでいて、これはフィクションではと思われる逸話もありますけれども、こういうのは物語がセットになっている名刀であるというのに意味があるので、わたくしは真偽はあまり問題とは思わないのです。刀としていいものでなくちゃいくら面白い伝説があっても重要文化財にはなりませんでしょうし、平安時代の刀が見事に残っているだけで心が豊かになります。
近くでよく見ると確かに刃の表面が違っていて、それが各地の刀鍛冶の作風だったりするわけで、そのあたりの違いや自分好みのを見つけるにはまだまだ色々みないといけませんね。平安時代のものから明治時代につくられた新しいものまで、もちろん鞘とか箱とか付属品も見応えがあります。わたくし個人に付随するエピソードとしましては、切っ先の欠けた刀で太平記のワンシーンを思い出してテンションが上がりました。
美術館みたいなきっちりした空調のある施設ではなく神社の宝物殿なので、窓を全開にして空気を入れつつ扇風機を回して、その中に刀や薙刀や鎧がたくさん並んでる展示空間です。靴を脱いで上がって、ぺたぺた歩いて風を浴びつつ刀を見て回るのはなかなか新鮮でございました。
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ブリューゲル「バベルの塔」展(~10/15) [美術鑑賞]

国立国際美術館ブリューゲル「バベルの塔」展に行ってきました。
タイトルのブリューゲルの塔はより上の階まで完成しているほうで、思っていたより大きかったのですがそれでも近づいてわかる細かさに圧倒されました。建築資材を運ぶクレーン、中ほどの階層に設けられた境界らしき窓、石灰や赤レンガで変色した壁、無数に描き込まれた数ミリしかない人々、最上階の骨組みなど、物語を忘れて見入ってしまいます。たくさんの人がいる画面からあるキャラクターを探し出す絵本みたいな趣があります。
そのほかにも16世紀ネーデルラント美術の傑作がぞろぞろ来ていて、中でもヒエロニムス・ボスの存在感はちょっとすごいです。ボス自身の作品は怪物の姿が(さほど前には)出てこない油彩画二点ですが、その後登場した彼の画風を模倣する作品群はばけもの満載で、そんなボスに基づく作風だったころのブリューゲルの版画もたくさん見られます。
そんな調子でボスとブリューゲルに圧倒される展示ですが、作者不詳の彫刻作品が個人的には面白かったです。信仰に直結するものですからあまり出てきませんけれども、四点並んで見応えがありました。

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