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マーガレット・ミラー『まるで天使のような』(創元推理文庫) [ミステリ]

無人の山中に置き去りにされたアマチュアギャンブラーの青年クインは、一夜の宿を求めて〈塔〉と呼ばれる新興宗教の施設にたどり着く。そこで出会った修道女からある男の捜索を頼まれるが、目的の人物は五年前に謎の死を遂げていた。
このあと主人公のクインは、何の関わりもない修道女の依頼を捨て置けずにずるずると調査を続けてゆくことになります。あらすじだけ見るとふつうのハードボイルド・ミステリのようですが、じっさいに読んでいると全編になんともいえない嫌な空気がただよっているのが印象的です。
主な舞台が住民の動向が全員に知れ割っているような小さな町と宗教団体の施設で、その中を行ったり来たりしながらひたすら閉鎖的な世界での人間関係をつきつめてゆく展開ですから、そりゃ重苦しくもなりますよ。
次から次へと事件が起こったり、新たな事実が明らかにされて息つく暇もないかというとさほどではないんですけれども、序盤から中盤、終盤までまんべんなく不気味で重たい雰囲気が楽しめます。読んでる最中の気持ちも読後感もたいへん良くない、それを全編保っていられるんですからまちがいなく傑作ではあります。しんどいですが傑作です。

まるで天使のような (創元推理文庫)

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小林泰三『失われた過去と未来の犯罪』(角川書店) [SF]

全人類が記憶障害に陥り、外部記憶装置を利用して長期記憶を保存するようになった世界。個人の記憶がメモリとして保管可能な時代に、複数の人生を記憶している語り手「わたし」とは何者なのか?
第一部ではすべての人類が原因不明の記憶障害に見舞われ、それにともなって起こりうるカタストロフをすんでの所で回避する人々の奮闘が描かれます。分量としては全体の四分の一くらいですがスリルと緊迫感とイライラにあふれ(何せ記憶が続かないのでしょっちゅう同じやりとりを繰り返しているのです)、ここだけでも短篇小説として楽しめます。そのあとの短い幕間で外部記憶装置の発展と文明の再構築に至る経緯が語られ、それからようやく冒頭のあらすじに繋がります。
個人の記憶が保存された外部メディアというアイデア自体は、SFの世界ではだいぶ前からいくつもあると思うですが、USBメモリやウェアラブル端末が身近になった現在では説得力が格段に増しています。イタコや審神者など、日本の伝承をうまいこと織り込んであるのも面白いですね。
「わたし」が思い出す無数の記憶は、それ自体がSFのみならずミステリ、恋愛、人情噺などさまざまにジャンル分けできそうな短篇小説にもなっています。技術によって記憶が管理される世界がべつだん無味乾燥でもなく、かえって感情的な問題が次々に生まれつつあるのが読みどころです。

失われた過去と未来の犯罪


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ハンガリーの名窯 ヘレンド(~7/30) [美術鑑賞]

大阪市立東洋陶磁美術館の特別展「ハンガリーの名窯 ヘレンド」に行ってきました。
ヘレンドはハンガリー南西部の小さな村で、19世紀から磁器の生産が始まり、先行する各地の磁器に学んでほどなく高い水準に達したそうです。ハンガリーの小さな村と書きましたけれども、参考資料として出ている地図がヨーロッパ全体を網羅する勢いでしたからね。
ヨーロッパの富裕層や王侯貴族に愛された磁器ですから、どれをとっても驚くような美しさです。陶磁最先端の技術じゃないですかね、色も実に鮮やかなんですよ。彩色だけでなく造形もおもしろくて、編み目の透かし彫りやなんだかよくわからない生き物がたくさん見られました。美しいだけでなく、現在のわたくしたちからすると見ていて楽しい作風でもあります。
また、びっくりするほど中国~日本のやきものを意識した作品が多かったです。そのまま伊万里風なのもありますし中国っぽい様式や色使いなど、当時のブームが痛感されます。量は少ないのですが第二次大戦後の国有化された時代、そして現代のヘレンド窯の作品はまた別の意味で興味深い展示でした。
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J・S・レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォランの部屋』(創元推理文庫) [幻想文学]

各種の怪奇小説アンソロジーの常連、「吸血鬼カーミラ」で知られるレ・ファニュの、なんと約半世紀ぶりになる日本オリジナル短篇集です。そうです前回が平井呈一によるその『吸血鬼カーミラ』です。
短めでファンタジーなこわい話が四つと、ちょっと長めで超自然要素のない犯罪小説系サスペンスが一つ入っています。後者が表題作の「ドラゴン・ヴォランの部屋」で、こちらがタイトルになっているということは一番おすすめの作品なんでしょうかね。わたくしも同感です。
ディケンズやウィルキー・コリンズと同時代の娯楽小説作家としてのレ・ファニュが楽しめる中篇で、幽霊はいっさい登場しないかわりに怪しい占い師や謎の美女、正体不明の貴族に人が消える部屋などミステリっぽい要素がぞろぞろ出てきます。1815年のフランスを舞台に、だいぶ脇が甘い英国人の主人公が活躍したりひどい目に遭ったりする、サスペンスのみならずユーモアも感じさせる名品です。ほどよい長さでさくさく進んでびしっと終わるキレの良さもよろしいです。
その他の短篇は悪魔や妖精が登場し、作者の故郷アイルランドの伝説を思わせる静かで少し不気味でもある作品が並んでいます。表題作とはがらりと雰囲気が変わるので、いっしょに読んでびっくりしていただきたいですね。

ドラゴン・ヴォランの部屋 (レ・ファニュ傑作選) (創元推理文庫)


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岡本綺堂『青蛙堂鬼談』(中公文庫) [幻想文学]

青蛙堂主人を名乗る紳士のもとに集められた参加者たちが順番に怪談を語る、百物語形式の短篇集です。
当時としてはまだ少し昔である江戸時代の話、あるいは語り手がじっさいに経験した怪異がたくさん出てくるので、なんともいえない実話っぽさがあります。実は元ネタがいろいろあって、主に中国の怪談をアレンジしているようなのですが、特に違和感なく日本の昔話のような気持ちで楽しめました。
ほのぼのと心温まるエピソードより、とにかくぞっとするお話が印象に残っています。怪異の原因がなんだったのか、はっきりと説明はされなくてもおぼろげに察しがつく回もありますけれども、まったく何なのかよくわからないまま終わる「猿の眼」は強烈です。特に大きな被害が出たわけではないのですが、とにかく怖いです。もともとこの会に集まった人々は怪談収集を本格的にやっているわけでもない一般市民の皆さんなので、隠された真相に迫る手段があるわけでもなく「その後どうなったかはわかりません」で平気で終わってしまうのも、本当にあったこわい話感を高めています。

青蛙堂鬼談 - 岡本綺堂読物集二 (中公文庫)


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佐藤さくら『魔導の系譜』(創元推理文庫) [幻想文学]

魔導士が虐げられている国ラバルタ。辺境の村で私塾をいとなむ魔導士レオンは旧知の人物の依頼で、才能に恵まれながらも魔導の教育を拒否する少年ゼクスをあずかる。やがてレオンの指導のもとでたぐいまれな能力を開花させたゼクスは王家直属の魔術研究機関へ招かれるが、そこでの出会いはラバルタの歴史を揺るがし、師弟の運命をも大きく変えてゆくことに……
世界設定から舞台となる国の歴史までじっくり描かれる渋めのファンタジーでございます。田舎の村はずれに暮らす三流魔導士レオンが仕方なく弟子を引き受ける圧倒的に地味な滑り出し、独自の手法で辛抱強く指導を続けるレオンとゼクスの日々があるときを境にしてがらりと変わり、ゼクスが自分の道を歩みはじめてから物語が大きく動き出します。出発点を思えばとても信じられないような場所へ、読者は主人公たちといっしょに運ばれることになります。
文庫一冊で全三部構成のみっしり中身が詰まった長篇小説です。三冊で書こうと思えばできそうなくらい濃密な、ある国の歴史の一幕を目撃した読後感がありました。この本の中に書かれたことがすべてではないし、書かれていない部分に無数の物語が存在するとわかる、そういう小説がどうにも好みでいけません。

魔導の系譜 (創元推理文庫)


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イリヤ・トロヤノフ『世界収集家』(早川書房) [海外小説]

アラビアン・ナイトの翻訳者として知られる英国の冒険家リチャード・フランシス・バートン(1822-1890)の生涯を、彼の人生に関わった人々の目を通して描く伝記っぽいフィクションです。英国領インド→アラビア→東アフリカと、史実のバートンが世界各地で過ごした時代を取り上げ、彼自身の視点と当時の彼を取り巻く人々の語りから浮かび上がらせています。アラビアン・ナイトの話はほとんど出てきませんし、文学者ではなく軍人・探検家としてのバートン像が中心に据えられています。そのあたりの予備知識なしに読み始めても問題ないくらい面白いです。
訪れた土地に溶け込んでゆこうとするバートン自身の目線と、彼をめぐる現地の人間たち(案内人であったり、彼の正体について調査する役人たちであったり)のシーンが虚実を織り交ぜつつ入れ替わり立ち替わり登場し、それぞれの見ている世界の違いがきわだつ構成になっています。
どちらの言い分もそれぞれの立場からですから、植民地にやってきて現地の文化を理解したつもりになっている英国人にも、命の危険もかえりみずのめり込む研究者にも見えます。たとえばバートンが評価していた案内人たちが、後から話を聞くとバートンをぼろくそに言っていたりするわけですが、それはそれとしてこの冒険物語が抜群におもしろいことに変わりはありません。インド人イスラム教徒に変装してメッカ巡礼とか、ナイル川の水源を探しにアフリカ探検とか、翻訳の仕事を全然知らなくても興味を引かれるじゃありませんか。

世界収集家


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イアン・マキューアン『甘美なる作戦』(新潮社クレスト・ブックス) [海外小説]

小説好きの大学生セリーナは恋仲になった教授との縁で諜報機関の面接を受けて採用されるが、待っていたのは安い給料と下級事務職員の地味な仕事ばかり。やがて本好きの経歴を評価された彼女は反共的作家の支援任務を与えられ、新進作家ヘイリーに接近するうち彼と恋に落ちて……
恋愛小説とスパイ小説の合わせ技のようなあらすじなんですけれどもそうとも言い切れない、色んな読み方のできる小説です。そうは言ってもMI5と恋愛と小説家だとどうやってもそんな流れにしかならないのでは、せいぜいミステリやサスペンスの道に進むくらいではないかとお思いですか。大丈夫です。
裏表紙の松田青子さんやフィナンシャル・タイムズ紙のレビューでさえほんの一面を見ただけでしかない、読む人によって感想が変わるおばけ煙突みたいな本です。わたくし自身は、これは小説を書くことについての小説だと思ったのですけれどもどうでしょう。70年代英国の冷戦下の政治とカルチャーを描き出した歴史小説でもありますし、作中に登場する作家の小説がいくつも登場する枠物語でもあります(この中にマキューアン自身の作品も紛れているというお話です)。エンターテイメント小説のスタイルとして楽しく読めるストーリーがある一方で急に文学談義がはじまったり、かと思うとシリアスな国際情勢の話が出てきたりで驚かされてばかりですが、主人公と作家の恋が予想通りの結末に至ったあとの一撃にわたくしは一番驚かされました。

甘美なる作戦 (新潮クレスト・ブックス)

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イーデン・フィルポッツ『灰色の部屋』(創元推理文庫) [ミステリ]

チャドランズ屋敷には、そこで一夜を過ごした人間が謎の死を遂げるといわれる開かずの部屋があった。部屋の謎に挑戦しようとした現当主の娘婿も同じく死因不明の遺体となって発見され、ついにロンドンから派遣された名探偵が調査を開始するのだが……
これはちょっとびっくりしますね。確かに密室状態で人が変死するんですけれども、だからって犯人捜しから隠された因果関係が明らかになって名探偵が真相を明らかにする、そういうスタイルの推理小説とは少し違いますね。もっと大きな分類に入れられる小説だと思うので、ふつうの英国小説の流れの中に置いて読んでいただきたいです。もうちょっとはっきり申し上げますと、犯人捜しのつもりで読むと壁に投げつけたくなる恐れがあります。
とはいえ読んでいるあいだは面白かったです。本格的な調査が始まり真相の解明に向かうかと思われた矢先に発生する思いがけない事件といい、過去から現在までつづく呪われた部屋のミステリといい、英国貴族社会のどことなくのどかな雰囲気と先が気になる展開が絡み合う味わい深い小説でした。最後もミステリだと思っていると肩すかしを食らうような、でもちゃんとびっくりする結末ですし。

灰色の部屋 (創元推理文庫)


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