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吉村昭『高熱隧道』(新潮文庫) [国内小説]

昭和11年8月に着工され、昭和15年11月に完成した黒部第三発電所建設工事を題材にした小説です。工事過程は実際の資料にもとづきながらフィクションをまじえ、登場人物については作者の創作によるフィクションになっています。どのくらい脚色されているかは少し検索すれば出てきますけれども、思っていたより創作ではない部分の大きかったことに震える思いがしました。
トンネルが無事開通するシーンにちっともカタルシスがなくて、それゆえに大変な名作だと感じました。両側から掘り進めた坑道の食いちがいが横に1.7cmしかなかったことを褒め称えるよりも先に、岩盤温度摂氏160度超という数次に殴り倒されて言葉が出てきません。数字と言えば、全編にやんわりとのしかかるのは昭和11年という時代も過酷な工事をおしすすめた原動力のひとつであり、感動的な読み方を許しません。
何よりすばらしいのは、人間側がついつい「これほどまでに人間の挑戦を拒む自然に何らかの大いなる意思の存在を感じずにはいられない」などと言いたくなるんですけれども、おそらく自然さんサイドはまったく気にせずご自分の都合で雪崩を起こしたり地熱を急上昇させたりしていらっしゃると思われるところですね。擬人化すら受け付けないものを相手にいくら一生懸命やっても、もう戦いなんて呼べるものじゃないんですよ。
テーマを見ると「少女架刑」などの繊細な作風とは一線を画する吉村さんの別のお顔のようですが、
事故の犠牲者と向きあう技師を見ている人を描写する目線や、重苦しいトーンで結ばれたあとのさいごの段落を読むと、人間の体の外側で起きる現象をひたすら見つめるところは同じ人の小説だと思いました。

高熱隧道 (新潮文庫)

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木×仏像(~6/4) [美術鑑賞]

大阪市立美術館の特別展「木×仏像」に行ってきました。
タイトルのとおり木彫仏のみを特集する展覧会で、材質や技法にも注目した解説が興味深いです。時代も飛鳥時代から江戸時代まで幅広く、仏像そのものの作風の変遷を見ることもできます。
木彫仏ならではの注目ポイントとしては、わかりやすい例を展示しての技法の説明が面白かったです。木材の乾燥による亀裂を防ぐための内刳りというのは、聞いたことはありますけれどもあんなにごりごり中をくりぬくものだとは知りませんでしたし、木造だからこそ可能になった寄木法も昭和になってから作られた標本でじっさいの構造を見せてもらえます。他にもよく用いられる木材に触れたり重さを比べたりできるコーナーもあり、桐が明らかに他より軽い!なんて体験もできました。
特別な由来のある材料が使われている例も出ていたのですが、木材が採取された場所までわかるのは珍しいというのが少々意外でございました。そんな中「閻魔王の宮殿の松で作られた」像というのがありましてこれはぜひその筋の方にご覧いただきたいと思います。仏像のほかにも、円空の秋葉権現など素敵なものが出ていましたよ。
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特別展 海北友松(~5/21) [美術鑑賞]

京都国立博物館海北友松展に行ってきました。
とにかく建仁寺の雲龍図がすばらしかったので世界中に見ていただきたいです。じっさいの配置を模しての展示となっていて、目を奪われるスケールの大きさ、二面にそれぞれいる龍の顔の違い、吹き荒れる風や雲の表現まで圧倒されっぱなしです。明るいところで一人で見たら正気でいられないんじゃないかと思います。
五十代までは狩野派にいて、その後独立してから頭角を現した人だそうです。キャリアは長いですから技巧はもちろんすぐれているんですけれども、そこからあのとんでもない迫力の龍が生まれたきたのはどういうことかと考えるとやっぱりただならぬ絵師です。活動時期がちょうど桃山時代と重なり、大坂夏の陣直後に没する、戦国時代末期を京都で生きた人だというイメージが似合います。
その他もっと穏やかな筆致の水墨画、がらりと雰囲気の違う写実的な花卉図まで出てくる大変に気合いの入った特別展です。ここの博物館の開館120周年記念でもありますから見に行かない手はありません。

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ケイト・モートン『秘密〔上・下〕』(東京創元社) [海外小説]

少女時代のローレルの目の前で、訪ねてきた旧知らしき男に突然ナイフを突き立てた母。五十年後女優として成功したローレルは、母の所有品から見つかった一枚の写真をきっかけに、幼い日に目撃した母の行動の謎とその過去を探りはじめる。
2011年のローレルがインターネットや弟の協力を手がかりにおこなう調査と、1941年に生きるローレルの母ドロシーの視点で交互に語られる小説です。先に進むにつれてドロシーの恋人ジミー、戦時下のロンドンで知り合う女性ヴィヴィアンなど登場人物も増え、語り手の視点も重層的になってゆきます。
ですから全体の半分くらいは戒厳令下のロンドンの人々の暮らしを描いているのですが、空襲に怯える人々あり国防婦人会あり、一方で優雅な生活をちっとも崩さない上流階級などもあらわれて鮮やかな切り口です。そんな中で自分の夢を叶えるために努力を重ね、やがてる娘ドロシーの生活は波乱に満ちているのですが、現代で調査を進めるローレルの身には特に何らかの脅威が迫ることはありません。にもかかわらず大変スリリングで、過去のできごとを並行して読み進めている読者には時々もどかしくもはらはらする楽しみは少しも失われていません。
現実の歴史とリンクしつつ、ところどころに虚構や意図的な年月のずれも含まれた、あたまに「歴史」とつけるにはあまりにも個人的なできごとをていねいに追いかけたけっこうなミステリでした。

秘密 上 秘密 下

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エレナー・アップデール『怪盗紳士モンモランシー』(創元推理文庫) [海外小説]

逃亡中に屋根から落下し瀕死の重傷を負うも、最先端の治療に取り組む若き天才外科医の被験者となり、みごと一命を取り留めた囚人493またの名をモンモランシー。刑期をつとめあげた彼は、医師や囚人たちのネットワークを通じて情報を集めた情報を活用し、理想の生活を実現すべく奮闘する。
どんな生活かと言いますと、誕生して間もないロンドンの下水道を自由に行き来しての盗賊業をなりわいとするごろつきと、高級ホテルに長期逗留し優雅にオペラや競馬を楽しむ紳士の顔を使い分けての二重生活です。
手術の影響で体中傷だらけながら頑丈な主人公が、身体能力だけでなく旺盛な学習能力を発揮して新しい生活を築き上げてゆく姿は見ていて痛快です。ただ怪盗と呼ぶにはちょっと仕事が地道で確実性重視で盗みのうえでの爽快感はあまりない、擁護のしようがない悪人なんですけれども。時代は1875年、ヴィクトリア朝ど真ん中のロンドンの階級社会も読みどころです。
裏表紙のあらすじでかなり先のほうまで喋っているのですが、終盤に転がり込んでくる思いがけない展開もあり、次巻以降が楽しみな作品です。

怪盗紳士モンモランシー (創元推理文庫)


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連城三紀彦『夜よ鼠たちのために』(宝島社文庫) [ミステリ]

それぞれ独立したストーリーのサスペンスもの全9作が収録された短篇集です。ながらく復刊を待ち望まれていた名作だそうで、わたくしはタイトルがあまりにもかっこいいので思わず手に取ったのですが、確かにこれはめったにないようなとんでもない傑作です。
長くても50ページくらいの短編ばかりで、そんなに短いものばかりなのにどれを読んでも何かしらの驚愕におそわれるんですよ。読者をあざむく工夫も、一作ごとに凝らされていて飽きが来ません。ただ読後感の暗さももれなく一緒についてくるので、まとめて読むと気持ちは沈みますね。
短いお話ばかりなのでちょっと内容に触れるとネタバレになってしまいますし、詳しい説明がいるほど長いものはないので、とにかくお読みいただいて技巧に感嘆していただきたい作品集です。わたくしは特に表題作「夜よ鼠たちのために」のおぞましさと純粋さの背中合わせなところが、すごく嫌ですけれども大好きです。

夜よ鼠たちのために (宝島社文庫)


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ジャック・ヴァンス『天界の眼 切れ者キューゲルの冒険』(国書刊行会) [幻想文学]

数十億年の超未来、科学が衰退し魔法が復活した滅びゆく地球。小悪党キューゲルは秘宝目当てに〈笑う魔術師〉イウカウヌの城へ忍び込むがまんまと捕まり、天界を映し出す魔法の尖頭を探す旅に送り出されてしまう。北の地に飛ばされたキューゲルは探し物を手に入れ、どこまでも広がる危険な荒野や砂漠を越えて魔術師への復讐を果たすことができるのか?
未来の話といっても魔法が復活した世界ですからだいたいはSFというよりファンタジーです。表紙のイラストにいる、ちょっとメカっぽい乗り物に乗った美女はちゃんと登場しますのでご安心下さい。そしてこれは大切なことなので最初に言っておきたいのですが、主人公がほんとうにしょうもない小悪党です。そもそも北の果てに飛ばされてさんざん苦労するはめになるのだって、魔術師のお宝を狙ってやり替えされての自業自得ですからね。
彼が似たり寄ったりの悪党たちを相手に悪知恵をはたらかせたり、人助けをしておいしいところだけ持って行こうとしたりしながらどうにか魔術師の城へ戻ろうとする連作集で、未来世界のろくでもないやつらがぞろぞろ登場します。キューゲルが行く先々で遭遇する異様な生き物や魔法のイメージは想像力豊かでどれも楽しくちょっと怖く、でも根っこのところがろくでなしのだましあいですから難しく考えなくても楽しいピカレスク・ロマンとなっています。

天界の眼: 切れ者キューゲルの冒険 (ジャック・ヴァンス・トレジャリー)

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ステファン・グラビンスキ『狂気の巡礼』(国書刊行会) [幻想文学]

動きの悪魔』で一躍わたくしの注目を集めたステファン・グラビンスキの日本では二冊目の短篇集です。『動きの悪魔』は鉄道をテーマにした作品でまとめられていましたが、こちらはもっと幅広い怪異、心理的な恐怖をたくさん取り扱っています。
「ポーランドのラヴクラフト」、あるいはポーや夢野久作との類似点も指摘されているというお話が訳者あとがきにありますけれども、芥川龍之介の晩年みたいな得体の知れない不安感もちょっと感じました。
文章が詩的で濃密なぶん、明らかに道を踏み外してゆく主人公の心理がよけいにおそろしくてすばらしいです。どうあっても最終的に破滅に至るお話ばかりなんですけれども道筋はさまざまで、冒頭に置かれた「薔薇の丘にて」は耽美的でありながら不安な世界が一気に奈落へ落ち込むような結末でしょっぱなから痺れました。ポーともラヴクラフトとも違う作家を意識したと思われる、まるで冒険小説みたいな舞台設定を用意した「煙の集落」には驚かされましたね。

狂気の巡礼


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