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ハンガリーの名窯 ヘレンド(~7/30) [美術鑑賞]

大阪市立東洋陶磁美術館の特別展「ハンガリーの名窯 ヘレンド」に行ってきました。
ヘレンドはハンガリー南西部の小さな村で、19世紀から磁器の生産が始まり、先行する各地の磁器に学んでほどなく高い水準に達したそうです。ハンガリーの小さな村と書きましたけれども、参考資料として出ている地図がヨーロッパ全体を網羅する勢いでしたからね。
ヨーロッパの富裕層や王侯貴族に愛された磁器ですから、どれをとっても驚くような美しさです。陶磁最先端の技術じゃないですかね、色も実に鮮やかなんですよ。彩色だけでなく造形もおもしろくて、編み目の透かし彫りやなんだかよくわからない生き物がたくさん見られました。美しいだけでなく、現在のわたくしたちからすると見ていて楽しい作風でもあります。
また、びっくりするほど中国~日本のやきものを意識した作品が多かったです。そのまま伊万里風なのもありますし中国っぽい様式や色使いなど、当時のブームが痛感されます。量は少ないのですが第二次大戦後の国有化された時代、そして現代のヘレンド窯の作品はまた別の意味で興味深い展示でした。
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J・S・レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォランの部屋』(創元推理文庫) [幻想文学]

各種の怪奇小説アンソロジーの常連、「吸血鬼カーミラ」で知られるレ・ファニュの、なんと約半世紀ぶりになる日本オリジナル短篇集です。そうです前回が平井呈一によるその『吸血鬼カーミラ』です。
短めでファンタジーなこわい話が四つと、ちょっと長めで超自然要素のない犯罪小説系サスペンスが一つ入っています。後者が表題作の「ドラゴン・ヴォランの部屋」で、こちらがタイトルになっているということは一番おすすめの作品なんでしょうかね。わたくしも同感です。
ディケンズやウィルキー・コリンズと同時代の娯楽小説作家としてのレ・ファニュが楽しめる中篇で、幽霊はいっさい登場しないかわりに怪しい占い師や謎の美女、正体不明の貴族に人が消える部屋などミステリっぽい要素がぞろぞろ出てきます。1815年のフランスを舞台に、だいぶ脇が甘い英国人の主人公が活躍したりひどい目に遭ったりする、サスペンスのみならずユーモアも感じさせる名品です。ほどよい長さでさくさく進んでびしっと終わるキレの良さもよろしいです。
その他の短篇は悪魔や妖精が登場し、作者の故郷アイルランドの伝説を思わせる静かで少し不気味でもある作品が並んでいます。表題作とはがらりと雰囲気が変わるので、いっしょに読んでびっくりしていただきたいですね。

ドラゴン・ヴォランの部屋 (レ・ファニュ傑作選) (創元推理文庫)


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岡本綺堂『青蛙堂鬼談』(中公文庫) [幻想文学]

青蛙堂主人を名乗る紳士のもとに集められた参加者たちが順番に怪談を語る、百物語形式の短篇集です。
当時としてはまだ少し昔である江戸時代の話、あるいは語り手がじっさいに経験した怪異がたくさん出てくるので、なんともいえない実話っぽさがあります。実は元ネタがいろいろあって、主に中国の怪談をアレンジしているようなのですが、特に違和感なく日本の昔話のような気持ちで楽しめました。
ほのぼのと心温まるエピソードより、とにかくぞっとするお話が印象に残っています。怪異の原因がなんだったのか、はっきりと説明はされなくてもおぼろげに察しがつく回もありますけれども、まったく何なのかよくわからないまま終わる「猿の眼」は強烈です。特に大きな被害が出たわけではないのですが、とにかく怖いです。もともとこの会に集まった人々は怪談収集を本格的にやっているわけでもない一般市民の皆さんなので、隠された真相に迫る手段があるわけでもなく「その後どうなったかはわかりません」で平気で終わってしまうのも、本当にあったこわい話感を高めています。

青蛙堂鬼談 - 岡本綺堂読物集二 (中公文庫)


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佐藤さくら『魔導の系譜』(創元推理文庫) [幻想文学]

魔導士が虐げられている国ラバルタ。辺境の村で私塾をいとなむ魔導士レオンは旧知の人物の依頼で、才能に恵まれながらも魔導の教育を拒否する少年ゼクスをあずかる。やがてレオンの指導のもとでたぐいまれな能力を開花させたゼクスは王家直属の魔術研究機関へ招かれるが、そこでの出会いはラバルタの歴史を揺るがし、師弟の運命をも大きく変えてゆくことに……
世界設定から舞台となる国の歴史までじっくり描かれる渋めのファンタジーでございます。田舎の村はずれに暮らす三流魔導士レオンが仕方なく弟子を引き受ける圧倒的に地味な滑り出し、独自の手法で辛抱強く指導を続けるレオンとゼクスの日々があるときを境にしてがらりと変わり、ゼクスが自分の道を歩みはじめてから物語が大きく動き出します。出発点を思えばとても信じられないような場所へ、読者は主人公たちといっしょに運ばれることになります。
文庫一冊で全三部構成のみっしり中身が詰まった長篇小説です。三冊で書こうと思えばできそうなくらい濃密な、ある国の歴史の一幕を目撃した読後感がありました。この本の中に書かれたことがすべてではないし、書かれていない部分に無数の物語が存在するとわかる、そういう小説がどうにも好みでいけません。

魔導の系譜 (創元推理文庫)


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イリヤ・トロヤノフ『世界収集家』(早川書房) [海外小説]

アラビアン・ナイトの翻訳者として知られる英国の冒険家リチャード・フランシス・バートン(1822-1890)の生涯を、彼の人生に関わった人々の目を通して描く伝記っぽいフィクションです。英国領インド→アラビア→東アフリカと、史実のバートンが世界各地で過ごした時代を取り上げ、彼自身の視点と当時の彼を取り巻く人々の語りから浮かび上がらせています。アラビアン・ナイトの話はほとんど出てきませんし、文学者ではなく軍人・探検家としてのバートン像が中心に据えられています。そのあたりの予備知識なしに読み始めても問題ないくらい面白いです。
訪れた土地に溶け込んでゆこうとするバートン自身の目線と、彼をめぐる現地の人間たち(案内人であったり、彼の正体について調査する役人たちであったり)のシーンが虚実を織り交ぜつつ入れ替わり立ち替わり登場し、それぞれの見ている世界の違いがきわだつ構成になっています。
どちらの言い分もそれぞれの立場からですから、植民地にやってきて現地の文化を理解したつもりになっている英国人にも、命の危険もかえりみずのめり込む研究者にも見えます。たとえばバートンが評価していた案内人たちが、後から話を聞くとバートンをぼろくそに言っていたりするわけですが、それはそれとしてこの冒険物語が抜群におもしろいことに変わりはありません。インド人イスラム教徒に変装してメッカ巡礼とか、ナイル川の水源を探しにアフリカ探検とか、翻訳の仕事を全然知らなくても興味を引かれるじゃありませんか。

世界収集家


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イアン・マキューアン『甘美なる作戦』(新潮社クレスト・ブックス) [海外小説]

小説好きの大学生セリーナは恋仲になった教授との縁で諜報機関の面接を受けて採用されるが、待っていたのは安い給料と下級事務職員の地味な仕事ばかり。やがて本好きの経歴を評価された彼女は反共的作家の支援任務を与えられ、新進作家ヘイリーに接近するうち彼と恋に落ちて……
恋愛小説とスパイ小説の合わせ技のようなあらすじなんですけれどもそうとも言い切れない、色んな読み方のできる小説です。そうは言ってもMI5と恋愛と小説家だとどうやってもそんな流れにしかならないのでは、せいぜいミステリやサスペンスの道に進むくらいではないかとお思いですか。大丈夫です。
裏表紙の松田青子さんやフィナンシャル・タイムズ紙のレビューでさえほんの一面を見ただけでしかない、読む人によって感想が変わるおばけ煙突みたいな本です。わたくし自身は、これは小説を書くことについての小説だと思ったのですけれどもどうでしょう。70年代英国の冷戦下の政治とカルチャーを描き出した歴史小説でもありますし、作中に登場する作家の小説がいくつも登場する枠物語でもあります(この中にマキューアン自身の作品も紛れているというお話です)。エンターテイメント小説のスタイルとして楽しく読めるストーリーがある一方で急に文学談義がはじまったり、かと思うとシリアスな国際情勢の話が出てきたりで驚かされてばかりですが、主人公と作家の恋が予想通りの結末に至ったあとの一撃にわたくしは一番驚かされました。

甘美なる作戦 (新潮クレスト・ブックス)

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イーデン・フィルポッツ『灰色の部屋』(創元推理文庫) [ミステリ]

チャドランズ屋敷には、そこで一夜を過ごした人間が謎の死を遂げるといわれる開かずの部屋があった。部屋の謎に挑戦しようとした現当主の娘婿も同じく死因不明の遺体となって発見され、ついにロンドンから派遣された名探偵が調査を開始するのだが……
これはちょっとびっくりしますね。確かに密室状態で人が変死するんですけれども、だからって犯人捜しから隠された因果関係が明らかになって名探偵が真相を明らかにする、そういうスタイルの推理小説とは少し違いますね。もっと大きな分類に入れられる小説だと思うので、ふつうの英国小説の流れの中に置いて読んでいただきたいです。もうちょっとはっきり申し上げますと、犯人捜しのつもりで読むと壁に投げつけたくなる恐れがあります。
とはいえ読んでいるあいだは面白かったです。本格的な調査が始まり真相の解明に向かうかと思われた矢先に発生する思いがけない事件といい、過去から現在までつづく呪われた部屋のミステリといい、英国貴族社会のどことなくのどかな雰囲気と先が気になる展開が絡み合う味わい深い小説でした。最後もミステリだと思っていると肩すかしを食らうような、でもちゃんとびっくりする結末ですし。

灰色の部屋 (創元推理文庫)


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石井好子『いつも異国の空の下』(河出文庫) [随筆・日記]

1950年8月、まだ粗末だった羽田空港からサンフランシスコ行きの飛行機に乗り込んだ日本人歌手が、二十世紀なかばのアメリカからパリ、ヨーロッパ各地やキューバまでを旅した八年間の回想です。
料理エッセイで有名な人とばかり思っていたのでぜんぜんオムレツのにおいがしないことに最初はびっくりしていました。ご飯の話よりショービジネス界の話、それと思いがけず20世紀の激動の歴史によりそう人々の話になっていますね。読書方面以外では料理じゃなくてシャンソン歌手として有名な人ですし。
戦後しばらくした日本を離れた女性が異国でシャンソンを学びながらどのように生きたか、当時出会った人々の息遣いに満ちた記録として読めるのはもちろん、ショーの世界の裏側を垣間見られる楽しみもあります。ほんの八年間で驚くほど様変わりするパリの芸人たちの世界、新鮮なブロードウェイのミュージカル、革命前夜のキューバまで、今となっては歴史の一ページじゃありませんか。歌手としての修業や同僚との友情みたいな個人的な思い出も、その陰に否応なしにくっついてくる世界情勢も、振り返れば一冊の本になってしまうんですよ。


いつも異国の空の下 (河出文庫)

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ベルギー 奇想の系譜(~7/9) [美術鑑賞]

兵庫県立美術館の「ベルギー 奇想の系譜」展に行ってきました。
15世紀フランドル絵画から始まり象徴派と表現主義、20世紀のシュルレアリズムを経て現代美術に至るまで、ベルギーの美術は人気ジャンルが目白押しです。一人だけで特別展が開催できる人気作家もたくさんいて、それらを通して見られるのはすごく貴重な機会ですよ。行かない理由がありません。
入って早々、最近ではきもちわるくてかわいいキャラとして大人気のボスとその影響を受けた作品群に出迎えられます。なんだかげてものみたいなイメージで見られがちですけれども、これだけ広まったしブリューゲル(父)にも影響を与えていますから当時には一般的に大人気だったんですよね。象徴派にさしかかると雰囲気はがらりと変わり、仮面でおなじみジェームズ・アンソールを挟んでシュルレアリズムの章に到着します。この世ならぬもの、不可思議なものを描き出す想像力は受け継がれながらも現実を超えるところまでたどり着く、ひとつの地域でこれだけ脈々と続く流れがあるのはほんとうに大したものですね。
現代美術はヤン・ファーブルを筆頭にまた新しい顔を見せはじめ、さらに伝統的絵画を引き継ぐ作品も出ていてこれからも目が離せません。ずっと未来まで見守りたい国です。
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コリン・ワトスン『浴室には誰もいない』(創元推理文庫) [ミステリ]

匿名の手紙をきっかけにした捜査で、ある家の浴室から死体を硫酸で溶かして下水に流した痕跡が見つかった。住人と家主はそろって行方をくらましており、被害者の存在も定かでないまま地元警察による捜索が開始される。一方、ある特殊な事情によりロンドンから派遣された情報部員チームも、独自に行方不明の住人の捜索を始めて……
硫酸で死体をとか情報部員が動くとか、絶対おどろおどろしい事態が待っていると思うじゃないですか。表紙の写真も人のいない浴室でどことなく不吉な感じですし。安心して下さい、そんなに怖くないです。本当ですからびびらずに手に取ってみて下さい。アントニイ・バークリーが本書を激賞したのは、すぐれた本格ミステリだからというだけではないはずです。絶対ちがいます。
意図的なものかそうでないのかわかりませんが、あらすじ紹介や装丁からは連想しにくいことに本書はユーモア・ミステリです。読み終わってから振り返ると、明らかに戦慄するより笑っているページのほうが長かったんですよ。笑ってしまう主なポイントは、地元警察の個性的というよりは好き勝手やっているだけのような面々と、ロンドンからやってきた情報部員の皆さんのどこかで見たような超かっこいい諜報活動です。おっかしいだけでは終わらず、終盤の二転三転する展開ではきっちりミステリの楽しみも味わえますので、ぜひ「硫酸で死体を溶かすとか怖い話では?」とびびりながら騙されたと思って詠んでみて下さい。そしてまんまと騙されて下さい。

浴室には誰もいない (創元推理文庫)


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