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佐佐木信綱校訂『新訂 新古今和歌集』(岩波文庫) [詩歌・戯曲]

古代~中世日本の歌集で万葉・古今・新古今のうちどれが好きかと言われたら、迷わず新古今を推します。技巧に溺れすぎとか力強さがないとか言われるむきはありますが、わたくしとしては「掛詞が面白い」この一点だけで楽しくて仕方がないので、江戸時代以降の学者の皆さんが何を言っていようが新古今派でございます。はい。中でも定家が好きで好きで…という話は、以前にも何度かさせていただいています。
歌をひとつずつ見ていく前に、目次から既に中世日本の価値観が表れているのが興味深いですね。季節の歌は秋>春>冬>夏の順にページ数が多いとか、恋歌だけ5巻もあるですとか。実際にページを開いてみると、恋歌の巻にありながら直接的に恋愛について触れていない歌の多いことにも驚きました。ページ上の見出しには確かに「恋歌 一」とあるにも関わらず、現代の目でパッと見ると、ただの風景について喋っているような調子の歌が。これは別に、昔の日本だけに限った趣味ではないと思うんですけれども、見た人があれこれ考えて解釈して、自分の思い出も投影して楽しめるくらい、幅のある芸術というのが好きなんですね。
技巧の話で言いますと、特に地名を絡めた掛詞が大好きです。悲しい歌でも、「待つ」と来ればまず「松」や「待乳山」に引っかけて来るので、これは実は余裕があるんじゃないのか、あるいは苦しさを手垢の付いた定型文に押し込めることで耐えようとしているのか…と、あれこれ深読みしてしまいます。ですけれども、当時の歌の名手は代作することも普通だったようなので、全部が全部作者の実体験に基づいた歌だと思って読むのは、ちょっと違っているんでしょうね。

あまり新古今集とは関係ない話ですが、掛詞が大好きな私は、最近西国三十三所御詠歌が気になっています。三十三カ所分、地名をきっちり詠み込んで、信仰に絡めた歌に仕上げるセンスに感動しました。


新訂 新古今和歌集 (岩波文庫)

山田風太郎『修羅維新牢』(ちくま文庫) [山田風太郎]

明治元年。官軍に明け渡された江戸で、薩摩兵が次々に惨殺される事件が発生する。これに激怒した薩摩軍の中村半次郎は、下手人が名乗り出るまでの間、無作為に捕らえた10人の旗本を一人ずつ処刑してゆくことを宣言する。
こうして理不尽に捕らえられた10人の旗本の、それまでの人生と薩摩軍に掴まる直前までの敬意を語る連作が、本書のメインになります。間違っても旗本たちを暴君薩摩の手から救出したり、正義感あふれる第三者が真犯人を捜す流れにはなりませんので、ご承知置き下さい。
完全なとばっちりで捕まった旗本たちの中には、主従や友人、怨敵同士など、複雑な人間関係で結ばれた者が多数います。さらに偶然ながら、本当に官軍殺傷事件に関わった人物も実は捕らえられた旗本たちの中に…という、全体の十分の一くらいの分量でしかないクライマックスになる章で、ようやく10人が揃ってからが圧巻です。
薩摩の中村半次郎の登場時の印象の良さや、その後彼がどうなったかなどを考えると、この人がむちゃくちゃをやったから全部悪い、とはとても思えません。この時代には、たまたま官軍という形で現れた激烈な運命としか呼びようのないものに引っかき回されて、しかし歴史の表舞台には何の傷跡も残すことなく終わる人々ですから、決して楽しい話ではない…ですが、事件に関わったもう一人の旗本が登場する終章で、全体の印象ががらりと変わります。まるまるハッピーエンドになるわけじゃありませんが、最後の最後まで読み終えて、やっと全体を語れるようになる本でした。

修羅維新牢 山田風太郎幕末小説集 (ちくま文庫)

柳宗悦展 ―暮らしへの眼差し― [美術鑑賞]

大阪歴史博物館で柳宗悦展をみてきました。去年はひとり民芸年など開催しておりましたので、その続きのような感覚です。
収集品はもちろんのこととして、同人誌「白樺」に関わった時代の資料や愛用品も公開されているので、民芸についての仕事以外の柳さんの個人的な側面も興味深く拝見してきました。白樺派から出発したからお坊ちゃんかと思いきや、(この展覧会ではそんなに触れられていませんが)実はけっこう色んな方面と喧嘩をしているところが好きです。
朝鮮半島の工芸品→木喰→日本各地の工芸品→少数民族の工芸品と、柳さんの仕事の全体像が眺められる展示になっているので、先に勉強していかなくても大丈夫です(私はちょっと勉強していたので、知ったような顔をして鑑賞することができました)。何となく見に来て気に入るものがあったら、そこから民芸なるものに足を踏み入れていただけそうですね。
出品資料は約350点とのこと。全4ページの出品目録が嫌になるくらい小さな字でぎっしり書かれていますけれども、きれいなもの、面白いもの、かっこいいものを眺めているとあっという間でした。私の好きな丹波焼やバーナード・リーチも、ちゃんと出ていて大満足です。民芸というのは、本当に堅苦しさのない運動になっているところが良いですね。

法月綸太郎『生首に聞いてみろ』(角川文庫) [ミステリ]

著名な彫刻家が病死の前に完成させた、娘をモデルにした石膏像の首だけが切断されて盗み出された。彫刻家の娘への殺人予告を警戒する家族は、法月綸太郎に調査を依頼するが…
題名がどう見ても『なめくじに聞いてみろ』のパロディなので気楽な話かと思ったら、驚きの本格ミステリでした。
タイトルに「生首」とあるものの、実際に読んでみると注目されているのは終始一貫して人間ではなく石膏像の首の方です。被害者の身元はすぐに判明し、謎解きの焦点は最初から最後まで人間ではなく彫刻作品に向いているのがなかなか異色です。探偵の謎解きは普通のミステリの手順で進む一方で、章の冒頭には彫像に関する美術書からの引用文が入り、読者を美術の世界から離してくれません。結末でのある人物の嘆きがまるで悲劇の台詞のようで、最後まで美術作品のように決まっていました。
美術ミステリが一般の注目を集めたり何かの賞を貰ったりするのは、ミステリとはあんまり関係ないんですけれども、美術鑑賞好きとしてちょっと嬉しいです。
という具合で美術界を舞台にしているので、美術館やギャラリーの場面が多数出てくるのも、個人的な趣味と重なって面白かったです。行ったことのある美術館がそのまんま登場したときには、思わず顔がにやけました。美術鑑賞が好きで色々出かけてらっしゃる方は、そちらの描写も楽しいですよ。特に、鼻持ちならない美術評論家についてのくだりが。

生首に聞いてみろ (角川文庫 の 6-2)

沼田まほかる『九月が永遠に続けば』(新潮文庫) [国内小説]

高校生の息子が、ある夜ゴミ捨てに出たまま佐知子の前から姿を消した。息子のクラスメートを巻き込んで佐知子は必死に捜索を続けるが、別れた夫の再婚相手とその娘の影が行く手にちらついて…
登場人物が皆、異常な部分があると同時にどこかしら共感できる部分を持っているので、困ってしまいます。「何でこんな人たちがこんな理不尽な目に…」と「こんな連中はひどい目にあっても自業自得」のどちらにも行かせてもらえない、居心地の悪さと薄気味の悪さが強烈です。
もう一つ気持ち悪さのレベルを上げているのは、語り手である主人公の目の前では、全然衝撃的な事件が起こらないことだと思います。大きな出来事は、みんな主人公(と読者)の居合わせない場所で発生して、こちらはそれを主人公の耳を通してあとから聞かされるだけ、というのは、ずっと続いていると相当にむずがゆくなってきます。それでも(または、それだからこそ)私は、ページをめくる手を止められませんでした。
とにかく、どんな意味でも読後にすかっとする感じが一切ない小説なので、人にはすすめにくいところがあります。しかしながら、こうやって紹介したくなってしまう得体の知れない魅力は、確かにありました。


松の内もとうに過ぎましたが、あけましておめでとうございます。
今年もこんな感じで、季節感やその場の雰囲気をあまり気にせず、読んだものを紹介していこうと思っております。よろしくお願い致します。


九月が永遠に続けば (新潮文庫)

2011年・今年の10冊 [その他]

今年は大変な一年になりましたが、そんなときでも人は眠くなるしお腹が空くし、本を読みたくなるものです。
ということで、毎年年末にやっている「私が今年読んだ中から選ぶ10冊」、2011年版をお送りします。
10冊と銘打ちながら、屁理屈を付けて11冊以上にしようとするのも、毎年のことです。記事へのリンクを張っていますので、興味を持っていただいた方はそちらもご覧下さい。


ピーター・プレストン『51番目の州』

マックス・ビアボーム『ズリイカ・ドブソン』

マイクル・イネス『アララテのアプルビイ』

ショーペンハウアー『意志と表象としての世界〔I・II・III〕』

武田友宏編『太平記』

J・L・ボルヘス『七つの夜』

グスタフ・ルネ・ホッケ『迷宮としての世界〔上・下〕』

山田風太郎『戦中派焼け跡日記』

村川堅太郎訳注『エリュトゥラー海案内記』

久世光彦『蕭々館日録』


・タイトルを言ってはいけないあの詩賞
谷川俊太郎『夜のミッキー・マウス』


このようになりました。それでは皆さん、どうか良いお年を。

南條範夫『駿河城御前試合』(徳間文庫) [国内小説]

寛永六年、駿河大納言徳川忠長の前で行われた11組の真剣試合を、試合の経過だけでなくそこに至る経緯まで語り尽くす、決闘愛好家必読の連作時代小説です。
徳川家光が当時の剣豪たちを集めて開催した、講談や立川文庫でお馴染み寛永御前試合はどうやらフィクションですが、本書はそれの元になった試合を題材にしたというスタイルの小説なので、出てくる面々もずっと地味で現実的です。ただ、谷崎潤一郎の歴史ものみたいに、実在する史料に基づいたみたいな顔をしているけど実はその史料が架空の存在ではないのか、とちょっと疑ったんですけれども、日本史に詳しくないのでそこまではわかりません。個人的には、全くのでっち上げを本当にあった話みたいに語っている方が好きですね。
血なまぐさい試合をどんどん開催できる舞台を揃えておいて、あとはひたすら一戦あたり一話で進んでいくのかと思ったら、背景になる徳川家の事情も絡め、全ての試合が終わったあとにもまだ物語は続き…と、最初から最後まで戦いに明け暮れているだけではなく、連作長篇の醍醐味がちゃんと味わえました。とまとめられたら良かったんですけれども、最終章のタイトルが「剣士凡て斃る」というむなしさからするに、本書は一本筋の通ったとんでもない徒花だったんじゃないでしょうか。

駿河城御前試合 (徳間文庫)

久世光彦『蕭々館日録』(中公文庫) [国内小説]

大正末期、小説家児島蕭々先生の「蕭々館」に集う文士たちの交流を見つめる、児島先生の5歳になるお嬢さん・麗子(名前の由来は、岸田劉生の麗子像)による日々の記録です。
文士と仲間たちの日常の小さな観察者ということで、少なからず漱石『』を思い出させるところがありますが、語り手は何と言っても5歳の女の子なので、訪れる人たちには普通に相手にされているし、その人たちに思うところも人間のそれです。にしても五歳児の日記に「日録」と付けてしまうのは、なかなか人を食った本ですよね。
作中には実際にあった事件、実在の作家の名前も多々登場しますが、蕭々館を訪れる人々は皆、すぐわかるモデルが存在しながらも別名になっていて、ここもちょっと昔の小説みたいな味わいがあります。お父さんの児島先生は小島政二郎、「文藝春秋」誌の編集をしている丸眼鏡の蒲池さんは菊池寛、そして一目でわかる芥川龍之介な九鬼さんの存在感がとにかく強烈です。麗子ちゃんだけじゃなく蕭々館の人々が皆気に掛けて、その人の訪れに合わせて物語が進み、そして終わるような人物が、九鬼さんこと芥川龍之介です。大正文士の日常を描くきらくな小説であるのと同時に、熱烈な芥川ファンの日録でもありました。
それにしても麗子ちゃんの九鬼さんを見つめる目といったら、自分の5歳の頃はこんなんだったか?と思わずにいられないほど少女らしさに満ちていて、変な意味でそういう気分になります。わたくしは常々、久世さんがホームドラマの脚本家の人として知られているのに納得がいきません。『逃げ水半次無用帖』他、小説の色っぽさとか危うさは、小学生の手の届くところに保管しておいたらいけないレベルですよ、もう。

蕭々館日録 (中公文庫)

宮部みゆき『蒲生邸事件』(文春文庫) [SF]

受験のために上京した尾崎孝史は宿泊先のホテルで火災に遭い、間一髪で時間旅行者の男に救われる。彼と共にたどりついた先は二・二六事件前夜の陸軍大将邸。同時代の人間になりすまして帰還のチャンスを待っているとき、屋敷の中で一発の銃声が…
SFで政治小説で歴史小説でミステリで青春小説で恋愛小説で、と、ちょっと詰め込みすぎの弁当箱じゃないかとお思いの方、私もそうでした。ところが読んでみたらこれが、上記の全てでありながら同時にどれでもない、絶妙な小説になっていたんだから驚きです。
私のこれまで読んだ本の中でベスト100に入るSF小説、コニー・ウィリス『ドゥームズデイ・ブック』と同じく、「過去で何かやった生で歴史が変わっちゃう危機」を早々と解決して、その時代の物語に集中させてくれるところがすばらしいです。タイムパラドックスばかりが、時間旅行ものの楽しみではありませんからね。
歴史の大きな流れは変えられないという部分から出発していながら、最後に孝史が見つける結末がとても前向きで肯定的なのが心に残ります。二・二六事件についてろくに知らず右往左往する孝史は実のところ狂言回しで、彼の過ごした時間や時代の空気こそ、本書で一番存在感のある主人公なんですね。SFの賞を取っているのも納得です。

蒲生邸事件 (文春文庫)

映画「タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密」 [その他]

あまり映画館まで映画を見に行くことがないんですけれども、今回ばかりは行ってきましたよ、「タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密」。というのも、原作コミックが子どもの頃から大好きで、このたび気合いの入った映画化をされると聞いたものですから。
原作の『なぞのユニコーン号』、『レッド・ラッカムの宝』、『金のはさみのカニ』のストーリーを切り貼りした感じで、なかなかめまぐるしく世界中を飛び回ります。海で遭難したと思ったら砂漠の国に行ってしまったり、勢いで見せるところもあるので、あんまり緻密なストーリーは求めないで楽しむ映画だと思います。はい。
冒険活劇としての原作の味わいがよく再現されていて、見ている間ずっと楽しかったです。3D映画で2時間近くもあったら目が疲れるんじゃないかと思っていたら、全くそんなことを気にする暇もなく。思わず声が出そうになる大迫力の映像と同じくらい、思わず笑ってしまうシーンがちょくちょく入っていたのが好印象です。特に原作を知っている方は、漫画とそっくりなキャラクターが出てくるだけでテンションが上がること間違いなし。私はアランを見た瞬間に、心の中で大爆笑しました。
もう一つとても良かったのは、悪役を演じたダニエル・クレイグが格好良かったことですね。顔から行動から悪辣で、金を払って他人に汚い仕事をさせる学者系の黒幕と思いきや、実は本人も相当強い。さすがジェームズ・ボンドですよ。
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