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ハビエル・マリアス『執着』(東京創元社) [海外小説]

マドリッドの出版社ではたらく編集者マリアは、一週間ほどの出張から帰ったある日、毎朝カフェで見かけた理想的な夫婦の姿が消えたことに気付く。同僚の口から、カップルの夫が逆上したホームレスに殺されたことを聞かされたマリアは、やがて未亡人となった妻ルイサと知り合いになり、夫婦の友人でもある男性に引かれてゆく。ルイサに思いを寄せる男性に望みのない恋をするマリアだが、ある日彼の恐るべき秘密を知ってしまい……
ストーリー自体はとてもシンプルで、通り魔殺人事件をめぐる主人公のさまざまな感情の動きと、周囲の人々とのやりとりを中心に、出版社勤務の独身女性の生活をつづっているだけなんですけれども、これがびっくりするほど面白いんですよ。本当です。
後半にゆくにつれ、主人公の心を占めるのは「理想のカップル」から夫婦の友人だった男性に変わり、彼との対話がどんどん分量を増してゆきます。彼の秘密を耳に入れたあとはサスペンスと見まごうような流れに向かうものの、主人公の心の中をじっくり語る形式は変わりません。『三銃士』や『シャベール大佐』を絡めつつ展開する思考が実に出版社勤務の人らしくて楽しかったのですが、脱線しながらじりじり進む文章や愛についての考察など、ちょっととっつきにくそうな文体でもあります。それをとても楽しくすいすい読み終えてしまったので、今この人ちょっととんでもねぇ作家なんじゃないかと思っています。

執着 (海外文学セレクション)

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アンドレアス・グルーバー『刺青の殺人者』(創元推理文庫) [ミステリ]

全身の骨を折られ、血を抜きとられた若い女性の他殺死体が発見される。身元確認にやってきた被害者の母は、行方不明になっているもう一人の娘と犯人を見つけようとみずから捜索に乗り出して……
この母親の行動力がものすごくてですね。わたくしはいっそ痛快でしたけれども、普段ひとに振り回されるお仕事をしている方にとってはストレスになるかもしれません。他にも目を覆いたくなるような描写がいろいろ出てくるので、映画化したらPG12ですまないくらいには面白く、そしてやめられないです。
彼女にさんざん引きずり回される、ぜんそく持ちでシングルファーザーのライプツィヒ刑事警察の上級警部が主人公です。もうひとりの主人公であるクライアントに振り回されるウィーンの弁護士も登場し、重なりそうで重ならないふたつのストーリーが並行して進んでゆきます。彼らふたりが最終的に協力してひとつの事件を追うシリーズですが、「前に別の事件でいっしょになったことがある」程度に触れられるだけなのでここから読み始めてもまったく問題ありません。

刺青の殺人者 (創元推理文庫)


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エラリー・クイーン『アメリカ銃の謎』(創元推理文庫) [ミステリ]

大観衆を集めたニューヨークのスタジアム、往年の西部劇スターによるショウが幕を開けた。しかしロデオ一座のカウボーイ四十人の拳銃がいっせいに火を噴いた瞬間、そこには落馬したスターの銃殺死体が……
国名シリーズ第六作にしてエラリー・クイーンの転換点ともいえる意欲作です。どこらへんが転換点なのかは太田忠司さんの解説が詳しいのでぜひご確認下さい。わたくしでもわかった違いとしては、これまでいわゆる「国名シリーズ」ではタイトルになった国とは全然関係ないストーリーだったところを、今回はがっつりアメリカの銃の話ばかりしているところですね。
衆人環視の中で起きた本作の事件は、容疑者が二万人の観客+ステージの四十人という目もくらむようなスケールの犯罪ですが、ちゃんと推理がまとまってちゃんと犯人が指摘されます。転換点という話が出ましたけれども、事件を取り巻く人々の描写に今までよりページを割いている印象があります。

アメリカ銃の謎【新訳版】 (創元推理文庫)


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獅子文六『コーヒーと恋愛』(ちくま文庫) [国内小説]

愛嬌ある風貌でお茶の間に人気の女優坂井モエ子はコーヒーをいれる腕前も抜群。しかしそのコーヒーが縁で結ばれた八歳年下の青年は、新劇に情熱を燃やすうちに若い女優に引かれ始める。悩めるモエ子はコーヒー愛好会の仲間に相談を持ちかけるが……
戦後しばらく経ってからの東京を舞台に、新劇とテレビの世界を中心にコーヒーがあちこち配置されたお話です。赤坂にあるドラマに強いテレビ局なんかも登場しながら、主人公にも友人たちにも欠かせないコーヒーがしょっちゅう登場する、物言わぬコーヒーとそして恋愛にまつわるどたばた小説です。ほんとうにコーヒーが何度も何度も出てくる、何もかもコーヒーから始まり、コーヒーがなくては進まないお話なんですよ。
主人公は美人ではないけれど脇役で人気の高い女優ということで、当時のテレビドラマの裏側なんかも覗けるのですが、そんなことよりとにかくコーヒーです。男女の恋模様とコーヒー、ドラマや演劇界とコーヒー、恋愛とコーヒーに興味のある人に届いてほしい本です。著者自身もそれなりにコーヒーを楽しまれたそうですが、度の過ぎたコーヒーマニアがどんなことになってしまうかを語るくだりは(わたくしがコーヒーをやらないにもかかわらず)大変楽しく読みましたので。

コーヒーと恋愛 (ちくま文庫)


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乃至政彦『戦国の陣形』(講談社現代新書) [学術書]

日本の歴史小説とか戦国時代もののドラマや漫画が好きな人なら、鶴翼の陣とか魚鱗の陣とか、いわゆる陣形というのを一度は目にしたことがあると思うんですよ。戦国大名が合戦で用いたそういうのが、本当はどうだったのかという問題を考える本です。
「戦国の」とありますけれどもまずはそこに至るまでを見るのも大事なので、日本の陣形の歴史についてもいっしょに勉強できます。奈良時代からそれらしいものは存在したとか、他のいろんなものと同じでそもそもは中国から伝わってきたとか、考えたこともなかった情報がどんどん出てきていきなり面白いです。
で、戦国時代の陣形とはいったいどんなものだったのか、そこら辺はネタバレになるので読んでのお楽しみですけれども、これは知ってると知らないのとじゃ大違いですよ。フィクションならなんとなくそれっぽい単語で済ませるとして、本格的なものを読むときや実際の歴史にあたるとき、史料を掘り下げて引っ張り出した結論は間違いなく役に立ちます。事実に迫るという研究上の意味だけでなく、より面白く味わうことができるというエンターテイメント目線から。しかしながらまだまだ研究の余地がある分野ということなので、今後また新しい説が出てくるのも楽しみです。

戦国の陣形 (講談社現代新書)


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オーガスト・ダーレス『ジョージおじさん』(アトリエサード) [幻想文学]

現在ではもっぱらラヴクラフトのファンとして名前を知られているホラー作家の短篇集です。多少はラヴクラフトが好きそうなのもありますけれども大半はそうではない、地に足のついた怖いお話です。わたくしはいわゆるクトゥルー神話の世界観考察やラヴクラフトのファン創作っぽいのより、彼の書いた一般的な怪奇小説が読みたかったので、こういう本が出てくれたのはたいへん嬉しいです。
伝統的な怪奇小説っぽい呪いや幽霊が登場する一方で、表題作をはじめとした小さな子どもが出てくる作品がいくつか入っているんですね。副題に「十七人の奇怪な人々」とあるように、日常に隣り合った世界にあらわれる不思議な人物たちが印象的です。黒人が魔術的なものを察知したり子育てでしくじったら母親が悪いとか、そういう一昔前の価値観が見えるのでモダンとはつけにくい感じです。
ただ、これはとてもラヴクラフト(もしくは彼の愛したアーサー・マッケン)ぽいと思った「ロスト・ヴァレー行き夜行列車」が個人的には大変面白かったです。


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中村融編『夜の夢見の川』(創元推理文庫) [海外小説]

サブタイトルが「12の奇妙な物語」。奇妙で曰く言いがたくて全体的に後味の悪い作品が多いアンソロジーです。前回の『街角の書店』は18編収録だったので、今回は少し長めの作品が多くなっています。
とにかく主人公がひどい目に遭うだけ遭って何も解決しないで終わるとか、いちおうまとまりはしたけどなんかすっきりしないお話が好きな方にはぜひ読んでいただきたいです。そんなもん読みたい人いるのかよと思われる方もいらっしゃるでしょうが、愛好者は確実に存在するんです本当です。わたくしもたまになら嫌いではありません。明らかに一部の人がアレルギーのように苦手とするに違いないシーンが複数含まれているですが気にせずおすすめします。
ファンタジーのようなものもSFのようなものも、特に超自然的な力ははたらかないふつうの小説みたいなものも入っていてとてもバランスがよいのですが、とにかく後味がなんとも言えず悪いのでそこが問題であり魅力です。要領を得なくて誠に申し訳ない。
フィリップ・ホセ・ファーマー「アケロンの大騒動」などは、比較的ダメージを受ける読者が少なそうなウェスタンものでよろしいかと思うんですけれども。わたくしは美しいタイトルにふさわしいシーンとそうでもないシーンが交互に出てくる表題作がたいへん好きです。

夜の夢見の川 (12の奇妙な物語) (創元推理文庫)

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ウィリアム・ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』(白水uブックス) [海外小説]

イングランドの片田舎に生まれたケイレブ・ウィリアムズは両親を失った後、人々の尊敬を集める地主フォークランド氏のもとで働き始める。人格者として慕われるフォークランドの過去に好奇心をかき立てられたケイレブはやがて主人のおそるべき秘密を知り、そのためにフォークランドから執拗に追われる身となる……
びっくりすることに大変面白い小説でした。ゴドウィンは急進的な思想家で、この本も流行小説の形を借りながら彼の思想を訴えることを目的にしています。なので登場人物の考え方がちょっとついてゆけないほど極端だったり、現代ではなく当時の社会でも浮いてたんじゃないかと感じられたり、どうも作者が言いたいのは「社会が悪い」らしく話をそこに持ってゆくために展開がくどくなったり、細かいところが力業なのですがそれでもなお面白いんです。
最初は主人の秘密をさぐる側だったケイレブが中盤から一転して主人に追われる側に回る流れ、逃亡の途中で出会う人々などサスペンスに満ちています。とにかくフォークランドが社会的地位も財産もある人物なので、どこへ行っても誰も主人公のいうことを信じてくれないんですね。ついに最後の手段に出てからのクライマックスは、たぶん今の人が読むとびっくりすると思うんですけれども、このあたりのギャップも含めて面白くなっています。フォークランドとケイレブの関係など、巻末の訳者解説に詳しいんですけれども、作者の意図と違う部分で楽しめるようになる力のある古典です。

ケイレブ・ウィリアムズ (白水Uブックス)

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G・ウィロー・ウィルソン『無限の書』(東京創元社) [SF]

中東の専制国家で生きるハッカーの青年アリフ(ハンドルネーム)は、ある日を境に政府保安局の検閲官に追われる身となる。同じころ、突然別れを告げた恋人から託された奇妙な古写本の謎を解くべく、追っ手を逃れたアリフは異界へと足を踏み入れることに…
ほんまもんの現代アラブを舞台にしたSFファンタジイでございました。こういうブログをご覧になっている方ならよくご存じのインターネット事情と併行して登場する幻の書物が『千一日物語』ですよ。(どうも実在するそうなのですが一部フィクションが入っています)アラブものと言えばおなじみ何人いるかわからない王族も、アラビアンナイトと言えばおなじみ円柱の都も出てきます。ランプの魔神もいます。
このままサスペンスもしくはサイバーパンク系統のSFとして突っ走るのかと思っていると普通に幽精(ジン)なんかが出てきて、そのまま向こうの世界へ行ってしまったりもするんですよ。現実の中東のどこかにあるこちらの世界も、壁を隔てた向こうの世界も混沌としていることはあまり変わらず、さらに主人公の行動がきっかけにして大きな変化が生まれる終盤の展開は壮絶です。「アラブの春」のころ、2012年に出た本ということも今なら頭のどこかに置いたうえで読みたい本です。

無限の書 (創元海外SF叢書)


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サキ『平和の玩具』(白水社uブックス) [海外小説]

クローヴィス物語』『けだものと超けだもの』につづくサキ短篇集です。今回もちょっと不気味ですごくかわいいエドワード・ゴーリーの挿し絵つきです。
相変わらず毒々しいうえに時流を反映したネタがぼちぼち登場しています。困った親戚への対策を講じる話は応用すれば現代の日本でも参考に、いやなりませんかね。今回は初期作品など、ちょっといつもとは毛色の違った雰囲気のものも含まれていてバラエティに富んでいます。クローヴィス・サングレールもちょっとだけ顔を出したりしています。
巻末にはサキをめぐる書簡が翻訳されていて、没後数十年経ってからの親族と編集者のやりとりや本人から幼い姪に宛てた手紙を読むことができます。これらを見る限り、特に作風から連想されることのない楽しい親戚のおじちゃんであり国を愛する青年であったようです。作品が過激な人ほど実生活では常識のあるふつうの人だと思っているのでここは全面的に納得です。

平和の玩具 (白水Uブックス)

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